第15話 ラウルの意外な一面
レイナード港を出航してから丸一日が経った昼頃、ようやく船はカルマン港に到着した。
しかし港町だというのに、活気どころか人っ子一人見当たらない。空もどんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうな天気のせいでさらに寂れているように見える。住民はみんな家の中に籠っているのか、それとも今回の犯人がこの街にも何かをしたのか、出てくる気配すら感じられない。
「……ホントにここで合ってるわけ?」
要は疑問を素直に口にした。
「前に来た時はすごく活気のある街だったんだけど。やっぱり、最近国交が途絶えていたことと何か関係があるのかしら。って、ほぼ間違いなく今回の犯人のせいよね」
そう言って、アリスは呆れたように肩を竦めて見せる。
「へー、来たことあるんだ」
「え、ええ。小さい頃にね。とにかく行きましょう」
「?」
要は何となくアリスの言葉に歯切れの悪さを感じながらも、あえてそこは聞かないことにする。そして先に行った彼女の後をラウルと追った。
「で、これからどうするのさ?」
「もちろん、このままカルマン城に向かうわよ」
「ここは首都ですから、城もすぐ近くにあるんです」
「そうなんだ」
三人で話しながら、人のいない街中を歩いていると、
「あっ!」
隣にいたラウルが突然大きな声を上げた。驚いた要はすぐに横を向くが、いつ間にかその声の主がいなくなっている。慌てて辺りを見回す。
「ここの雑貨屋さん、すごく可愛いクマのぬいぐるみを置いてます!」
ラウルは雑貨屋の軒先でしゃがみ込んで、張り付くようにしてガラスケースを覗いていた。
すっかり目の色が変わって、キラキラと輝いている。これまでの落ち着いたラウルは一体どこへ行ってしまったのか。普段とはテンションがあまりにも違いすぎるラウルの様子に、要は戸惑いを隠せなかった。
「えーと、これって……?」
「ラウルは可愛いものと甘いものが大好きなのよ。別にいつものことだから気にしなくていいわよ。本人も隠す気は全くないから」
「あ、だから金平糖持ってたんだ」
そういえば金平糖も見た目は可愛いし、味も甘いし、と要は野営した時のことを思い出す。そして筋肉痛になった稽古のことも一緒に思い出した。筋肉痛は若さのおかげか、朝起きてみたらほとんど気にならなくなっていた。
「ちなみにレイナードの自室では犬を二匹と、猫を一匹飼ってるわ。ネーミングセンスはかなり微妙だけどね」
アリスがどこか遠くを見ながら、心底残念そうに言う。だが、その『微妙なネーミングセンス』とやらが気になった要は思わず身を乗り出した。
「へー、どんな名前?」
「犬がベニテングタケとタマゴテングタケで、猫がツキヨタケ。ね、微妙でしょう?」
「……はは」
予想の遥か斜め上、いや、それ以上の答えが返ってきて、乾いた笑いしか出てこなかった。
名前が長いとか以前に、まさか毒キノコの名前だったとは。しかもこの名前では性別が全くわからない。こちらの世界ではもしかしたら毒キノコの名前ではなく、もっと高貴な名前なのかもしれないが、これ以上聞くのはやめておくことにする。
要はうかつに聞いてしまったことを少しだけ後悔しながらも、何とか気を取り直そうと口を開いた。
「でも、三匹もちゃんと世話できるって優しいってことじゃないの?」
まだガラスケースに張り付いているラウルを見ながら、これまでのことを思い出す。この世界に呼ばれて、まだ何もわからない自分に一番最初に優しく手を差し伸べてくれたのは彼だった。
「そうね、そこは認めるわ」
同意したアリスは大きく息を吐くと、つかつかと大股でラウルの方へと歩いて行く。そして、しゃがみ込んでいるラウルの襟を後ろから思い切り掴むと、そのまま引きずるようにして戻ってきた。
「……」
目の前で起こったことに要はあっけにとられる。文字通り、目が点になっていた。
「雑貨屋さんは今度、時間のある時にしましょう。さ、行くわよ」
『……はい』
なぜかラウルと要の声が重なった。
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