第13話 出航
「……何であんた、そんな変な歩き方してるの?」
朝、千鳥のあった場所を出発してから、要はずっとアリスに怪訝な顔で見られていた。さすがのアリスもそろそろ突っ込みを入れようと思ったのだろう。
「いや、昨夜ラウルと剣の稽古を……って、いたた」
要は思わず腰をさする。全身筋肉痛だ。だが、昨夜あんなに悩んでいたのが嘘のように、心の中はすっきりとしていた。ラウルにはいくら感謝してもしきれない。
ただ、男としてはいつまでも戦わずにはいられないだろうから、いつかは決意しなくてはいけないだろうということは理解した。しかし、要はそれができるだけ遅くなることを今は望んでいた。
「へー、そう。で、どうなの?」
アリスのそれまでの怪訝そうな顔がいつものそれに戻ると、今度はラウルを見上げる。
「なかなか筋はいいと思いますよ。さすがに千鳥は使いませんでしたが」
「そういえば、千鳥って【救国の主】にしか使えないって話だったけど、それはどうなの?」
「昨夜ちょっと触らせてもらったんですが、やっぱり俺には重くて持てませんでした」
ラウルが苦笑する。
「ラウルが持てないってどんな重さなのよ……? でもそこも言い伝え通りなのね。で、あんたは普通に持てるのよね?」
「えっ、うん」
いきなり話を振られた要は驚いた様子を見せるが、アリスは構わずに続けた。
「どんな感じ?」
「どんな……って、思ってたよりずっと軽くて、こうふわふわと羽みたいな感じ……かな」
両手でジェスチャーをして見せると、何気なく、腰に差した千鳥にそっと触れる。やはり触れたところが温かい気がした。
「ラウルは持つことすらできないのに、あんたは軽々と扱えるって何だか不思議ね。それにちゃんと腰に装備してるのに、重さを感じずに普通に歩けるのよね」
アリスは拳を顎にやると、相変わらず納得がいかないとでも言いたげにうーん、と唸った。
「あ、港が見えてきましたよ」
ラウルの声に弾かれるようにして要が顔を上げる。
「ホントだ!」
まだ遠くにだが、確かに海沿いに港街が見えた。何となくだが潮の香りもしてきたような気がする。あくまでも『気がする』だけだが、ただそれだけのことでもテンションが上がってくる。
「おれ、海なんて久しぶり!」
筋肉痛も忘れ、また昨夜と同じようにはしゃぎだした要を横目に、アリスが呆れたように一言呟いた。
「……子供みたい」
※※※
同日昼頃。
何事もなく無事レイナード港に到着した要たち三人は、すでに待機していたヘーゲルと第三騎士団に合流した。三人の姿を見つけたヘーゲルは嬉しそうな顔を見せる。
「おお、お待ちしておりましたぞ! カナメ様がご一緒ということは、やはり【救国の主】様であったということですな」
どうやらヘーゲルも要が本当に【救国の主】なのかを心配していたらしい。城で待機中のクローゼもきっとそうなのだろう。
アリスのように最初から完全に疑っていた訳ではないとは思うが、何しろ数百年ぶりの召喚だそうなので多少は疑われてしまうのも仕方がない、と要は自分に言い聞かせた。
「ええ、ちゃんと千鳥を持ってきました」
いつもより丁寧な言葉遣いのアリスが要の腰に差した千鳥を見やると、ヘーゲルも同じように目をやった。
「ほう、これが噂の千鳥ですか。これまた変わった形の剣ですな」
大きな身体を屈めて顔をさらに近づけるヘーゲルに、ラウルが説明してくれる。
「カナメの住んでいる世界の、『カタナ』というものだそうです」
なるほど、とヘーゲルが納得していると、辺りを見回しながらアリスが声を掛けてきた。
「ところで、出航の準備の方はどうなっているかしら?」
「ああ、私としたことがつい。準備はすでに整っておりますのでいつでも出航できますぞ」
「ありがとうございます。それでは早速出発したいのだけれど」
そこで、先程少しはしゃぎすぎた要が間の抜けた声を上げた。
「え、休憩もなく?」
少し息が切れている。
「船の中で丸一日休憩できるじゃない」
「あ、そっか」
すっかり忘れていた、と要は安堵の溜息を漏らした。
「ではご案内いたしますのでついて来て下さい」
ヘーゲルを先頭に後をついて行った三人は、すぐ近くにあったひときわ大きな船へと案内される。
そして見送られ、すぐに出航した。
「それでは、ご武運をお祈りしておりますぞ」
※※※
「ユリア・ローシと申します。今回はご視察とのことで、カルマン港まで第三騎士団がご一緒させて頂きます。船内では私に色々とお申し付けください」
広い船内では女性騎士のユリアが案内してくれることになった。緩くウェーブのかかった長い髪に切れ長の瞳が印象的な女性だ。こんなに綺麗な人が騎士にもいるのか、と要は驚いた。
「レイナードからここまでですとそれほど距離はありませんが、皆様お疲れでしょう? 先にお部屋へと案内させて頂きますね」
どうやらクルト山経由でここまで来たことは知らないらしい。おそらく今朝レイナード城を出発してまっすぐにここまで来たのだと、ヘーゲルに説明を受けているのだろう。
「あ、ありがとうございます」
思わず要の声が上ずる。最初はアリスの美少女ぶりにも相当驚いたが、ユリアもまたアリスとは違った大人の美しさで要を驚かせた。また、色々と気を遣ってくれる様にも大人の女性らしさを感じ、要はちょっとだけときめいていた。
そこに何を思ったのか、アリスの蹴りが要の脛に思い切り入る。要の悲鳴が広い船内に響き渡った。
「馬鹿みたい」
小さく呟いたアリスは、要を放置してそのまま先に行ってしまう。
「何で……!?」
残された要は、何が何だかわからないという顔で涙を浮かべ、その場で痛む足を抱えてうずくまるのが精一杯だった。
そして、その後ろでは大体の事情を察したラウルが苦笑いを浮かべるしかなかった。
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