第12話 野営・2

「――――って、何でこうなってるのさ!」


 要の右手には長い木の棒が握られていた。少し離れたところで向かい合ったラウルも同じように木の棒を握っている。


「せめて、護身用に少しくらいは剣術を学んでおいて損はないかと思いまして」


 ラウルはいつものように微笑みながら、簡単そうに木の棒をくるくると回している。多分というか、ほぼ間違いなく要にはできない芸当だ。


「確かに、自分の身は自分で守れってことはわかってるけどさぁ……」


 対照的に要はがっくりと肩を落としていた。


「戦うのではなく、軽い運動だと考えればいいと思いますよ。動くことで、逆に頭が働くことだってありますから。いわばストレス発散ってやつです」

「運動ならまあ……。でも絶対に千鳥は使わないからね!」

「そう言うと思ったから木の棒にしたんです。それに、初心者に本物の剣は危険すぎますから」

「初心者……間違ってはないけども」


 なんだかなぁと思いつつ、要は握られた木の棒に視線を落とした。


「では、どこからでもかかってきてください」


 そう言ってラウルが構える。


 これはおそらくラウルなりの優しさなのだろう。また、剣術を学んでおいて損はないというのも事実だ。もし犯人が襲い掛かってきた時に、何もできずにやられるよりは多少なりとも抵抗できた方が、きっとアリスやラウルにとっても好都合だろう。


 そう考えた要は、木の棒を両手で握り直すと大きく振りかぶった。


「たあぁぁぁぁっ!」


 地面を蹴ってまっすぐに正面から向かっていき、間合いを詰めると上段から一気に振り下ろす。しかし、その一撃はラウルの右手に握られた木の棒で簡単に受け止められてしまった。


「甘い!」


 ラウルの厳しい声。瞬間、そのまま押し返される。その勢いでバランスを崩した要は派手に尻餅をついてしまった。


ったぁー!」

「まだまだですね」


 余裕を見せながら笑うラウルを後目に要は尻をさする。これで尻餅をついたのは一体何回目だっただろうか、などと思わず考えた。


「おれは両手で思いっきり行ったのに、簡単に片手だけで返すなよな……」


 今回は何とか自力で立ち上がったが、まだ尻をさすったままでぶつぶつと一人文句を言う。


「これでも一応、騎士団で剣術指南役をしていますから。たまに陛下と打ち合いをすることもありますよ」

「そうなの!?」

「ええ、まあ」


 なるほど、体格差は仕方ないとしてもこれまでの経験値の差が大きすぎる。要の経験値が一だとすればラウルはその百倍、いやきっとそれ以上だろう。悔しいがこれは納得せざるを得なかった。


「それじゃあおれなんて相手になんないじゃん」


 要はぷー、と頬を膨らませると同時に口を尖らせた。


「皆、最初はこんなものです。もちろん俺もそうでした。でも、今の踏み込みは良かったと思いますよ」

「え、そう……?」


 ほんの些細なことだが、褒められて要はちょっと嬉しくなる。顔がにやけているのが自分でもわかった。


「では、今度はどんどん打ち込んできて下さい。こちらからも軽くですが打ち込んでいきますので、それも上手く対応して下さいね。もちろん、背後を狙うのもありですよ」

「そんな卑怯なことしないよ!」


 背後を狙うのは当然の戦略というものだが、それは実践での話だ。今は正々堂々と正面から向かっていきたいと思った。


 気付けば満天の星空の下、ラウルと真剣に打ち合いをしていた。最初は手加減されていてもやられてばかりだったが、だんだんとコツを掴んできたのか、思ったよりも動けるようになっていた。


 そしていつの間にか、うじうじと悩んでいたことが馬鹿らしく思えてきた。ラウルが言った、『一旦置いておくことも肝心』という言葉が今ならよくわかる。考えてもダメなものはいくら考えても仕方がないのだ。


 今はまだ戦えないかもしれないし、足手まといにだってなるかもしれない。でも、まずは自分の身を守ることから始めればいい、最初はそこからでいいのだとラウルから教わったような気がした。




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