第10話 炎の指揮者・2

 盗賊たちの姿がすっかり見えなくなると要が口を開いた。


「さっきの【炎の指揮者】って?」


 盗賊たちの口からこの言葉が出てきた時からずっと気になっていた。そして、目の前で繰り広げられた光景がまだ頭から離れない。


「ああ、あれはアリスの二つ名です。この大陸では結構有名なんですよ」


 事もなげにラウルが言う。


「いつの間にか、そう呼ばれるようになってたわね。あたしは結構気に入ってるから別にいいんだけど」


 ミニスカートの埃を払いながらアリスが続けた。


「でも、まさかあんなすごいものが見られるなんて思わなかった」

「すごい? あれが?」


 要が興奮した様子で言うと、アリスは不思議そうに目を瞬かせる。


「アリスにとっては大したことではないんでしょうが、毎回見てる俺でもすごいと思いますよ。その名の通り、炎を自在に操るんですから」


 ラウルも要に同意する。


「あたしには別に当たり前のことなんだけど……。さっきの術詠唱だってそんなに大技じゃないから本当はいらないんだし」

「術詠唱すると、それだけで『何だかやばそうだ』って脅しになりますからね」

「あれって脅しだったのか……。じゃあ、大技じゃなければ術詠唱ってのは必要ないの?」


 なるほど、と頷いた要が問うと、


「まあね。ファイヤーボールなんてすぐ出せるわよ」


 アリスはほら、と右手の人差し指の先に小さな炎を出して見せた。


「すごい!」


 思わず指先の炎に顔を近づけようとした要に、ラウルが言う。


「カナメ、アリスは炎の温度もある程度は自在に操れるんですよ。今見ている炎と、さっきのフレイムプリズン、どうです?」


「温度……?」


 問われて、要は改めてアリスの指先に今度は手をかざしてみた。少しも熱さを感じない。このファイヤーボールは温度を下げているのだろう、と考えた。そして、目を閉じると先程の光景をじっくり思い出す。


「……あ! もしかしてあの檻の温度も低かった?」

「ご名答。意外と賢いわね」

「『意外』は余計だ!」

「まあ、混乱してるとそんな簡単なことにも気付かないものよね」


 困ったものだ、とでも言いたげにアリスは肩を竦め、両手を上げる。

 確かにその通りかもしれない。実際、盗賊たちはあの檻を『掴みながら』色々叫んでいた訳で。


「……ん?」


 そこで要があることに気が付いた。


「どうかした?」

「いや、アリスの他にもこうやって炎を操れる人がいるのかなーって」


 素朴な疑問だった。炎の術者がいるのだから、おそらく水や風の術者もいるのだろう。では、炎の術者は他にも沢山いたりするのだろうか。


「炎の精霊であるイフリートと契約して、炎を扱えるのは今はあたし一人よ。というか、基本的に一人の精霊には一人しか契約できないから、その契約者が死ぬか契約を破棄しないと新しく契約はできないの。もちろん例外もあるらしいけど、イフリートに関してはあたしが今の契約者よ」

「へー、たった一人しか契約できないのに、それをできてるアリスって本当にすごいんだな。それにあんなすごい炎も簡単に操れるとか」


 説明を受けた要が笑顔で、素直に思ったことを口にすると、


「な、何言ってるの!? あんた馬鹿じゃないの!?」


 アリスは慌てて顔を背けてしまった。


「まったく素直じゃないんですから」


 そんなアリスに向かって、小さく笑いながらラウルが言う。


「う、うるさいわよ! ほら、さっさと野営の準備して!」


 大股で歩き出したアリスの、ちらりと見えた耳がわずかに赤かったような気がした。




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