第7話 クルト山
数十年前の大地震で所々足場が悪くなったのだという道や森の中を抜け、三人はようやく山頂近くまで辿り着いた。
千鳥のあるらしい少し開けた場所に出たが、木々もまばらで、どちらか言うとゴロゴロと転がる石の方が多いように見える。
あまり高い山ではなかったので、それほど時間は掛からずにここまで来られたが、それでも道が悪かったせいで要は思ったよりも体力を消耗していた。ラウルはこういったことに慣れているのか、全然平気そうにしているが、アリスにもやや疲労の色が見て取れる。
「ホントにここなのかよ……?」
「文献で調べた限りではこの辺りのはずよ」
アリスがメモを片手に見回すが、それらしいものは見当たらない。
「何か、もっとこう大きくて荘厳な神殿がー、とかそういうのじゃないわけ?」
要が大袈裟なくらいに両手を広げてみせると、
「確かに神殿が建てられたという言い伝えはあるようですが、現存するという話は聞いていませんから……」
申し訳なさそうにラウルが言った。
「もしかしたら、その辺に転がってるのかもね」
そして要の様子にやれやれ、と肩を竦めながら適当なことを言うアリス。
「まさか! 伝説の剣がそんなおれみたいな扱いだなんて……っ」
あまりにも酷すぎる! と嘆きそうになった時だった。
「……ん?」
少し遠くに小さな三角屋根が見えた。どこにも壁はなく、四本の木の柱だけで屋根を支えている。
三人で近寄ってみると、真ん中に大きな石をかなり雑に削った台座らしきものがあり、そこに飾りなどが一切ない、シンプルな鞘に収まった一本の剣が横たわっていた。
「これが千鳥ね」
「転がってはいなかったけど、あんまり扱い変わらない……」
砂と埃にまみれた剣を前にがっくりと膝をついた要は、思わず感情移入して泣きそうになる。
「じゃあ早速この剣を抜いて欲しいんだけど」
そんな要を気にすることもなく、千鳥を指差すアリスはいつでもマイペースだ。
「また唐突だなぁ! もうちょっとくらい感傷にひたらせてくれよ!」
嘆く要を横目に、ラウルが台座に顔を近づける。
「それにしても変わった形の剣ですね。鞘の形からしても今まで見たことがありません」
顎に手をやり、首を傾げた。
「そうなの? ってこれは……刀?」
改めて見てみると、漫画やゲームでよく見る中世ヨーロッパっぽい剣とは明らかに違っていた。この少し反った形はどう見ても日本の刀だ。日本人だからこそよくわかるこの形。
「カタナ?」
要の言葉に、ラウルに続いてアリスも首を傾げた。どうやら二人とも刀は知らないらしい。
「そう、おれが住んでる国の伝統的な剣のこと」
「ふーん、まあどうでもいいわ。さっさと抜いて」
あっさりスルーされた。
「ちょっと待てや!」
「まあまあ」
さすがに切れた要を、ラウルが苦笑いで宥める。
「そもそも、こんな刀くらいラウルでも簡単に抜けるんじゃ?」
頬を膨らませた要が言う。見たところ、特に変わったものでもなさそうに思われた。
「それができたら、あんたをわざわざ召喚なんてしてないわよ」
呆れたように大きな溜息を吐くアリスは、今にも舌打ちすらしそうな感じだ。
「言ったでしょう? 『実際に行ってみればわかる』って」
「いや、そう言われたからあんなに困難な道を頑張ってここまで来たんだけどさ! でも、すごい試練があるかと思えばそんな訳でもなさそうだし、それ以前に大きな神殿すらないし!」
両手であれこれとジェスチャーを交えながら、要は必死に訴えた。
「……あんた、一体どんな想像してたの? ホントに馬鹿ね」
「でも、試練というのはあながち間違ってはいないかもしれませんよ」
「?」
要は可愛らしく首を傾げて見せた。その姿を見たアリスは、思わず要を蹴り飛ばしそうになったが、どうにかそれをぐっと堪え、話し出す。
「言い伝えによると、この剣は【救国の主】にしか鞘から抜くどころか、持ち上げることすらできないそうよ。だからこの数百年もの間、誰にも盗まれることなく、ずっとここにあるんですって。あたしにはおとぎ話にしか聞こえないけど、実際に千鳥はここにあるのよね」
どうにも納得できないとでも言いたげなアリスは、両手を腰に当てながら千鳥を様々な角度から観察するように眺めている。
「……うん?」
そこで要が何かに気付いた。
「何?」
アリスが千鳥から視線を外し、顔を上げる。
「いや、それってもしおれが【救国の主】じゃなかったら抜けないってことじゃ……」
「そうよ。だからこの剣が無事に抜けたら、あんたを【救国の主】として少しは認めることにするわ」
「まあ、アリスに認められるための試練みたいなものですね」
ラウルは楽しそうに、にこにこと微笑んでいる。
「『少しは』って何だよ! いやいや、それ以前に、これもし抜けなかったらどうなるのさ!」
「あんたは偽物でした、ってことで元の世界に帰してあげるわよ。嬉しいでしょう?」
「それは嬉しいけど、そうしたら王様は……っ!」
その先を考えると一瞬で血の気が引いて、要は思わず息を呑んだ。
「そうね、また違う【救国の主】候補を召喚しないといけないわね。他にもいるのかはわからないけど」
腕を組みながら、アリスは冷静に答えるが、
「そんなことしてるうちに、どんどん王様が危険になっていくんじゃないの!?」
「あんたに言われなくてもわかってるわよ」
要の言葉にうつむくと、唇を噛んだ。
「だから、悔しいけどあんたには今ここで【救国の主】になってもらわないと困るの」
アリスは顔を上げると、まっすぐに要を見据える。
要はそんな様子を見て、その真剣な瞳にどうにかして応えたいと思った。もし自分が偽物だったら、などということは今考えても仕方がない。ここまで来た以上、やるべきことはただ一つだ。
「……わかった、やってみる」
下ろしていた両手をぐっと強く握りしめると、要は唇を引き結んだ。
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