第5話 早朝会議・1

 翌日早朝、要は約束通り迎えに来たアリスとラウルに会議室へと連れて行かれた。


 扉の前に立つと、アリスがコンコン、とノックをする。


「どうぞ」


 中から男性の低い声がした。


「おはようございます。昨日報告した、【救国の主】を連れてきました」


 入ってすぐにアリスが丁寧に挨拶をする。ラウルも、おはようございますと続いた。緊張でどうしていいかわからない要は、とりあえず小さくお辞儀をしておくことにする。


 思ったよりも簡素で狭い室内では、要の父親と同じくらいの年齢と思われる男性が二人、立ってこちらを見ていた。


「ああ、アリシア殿にラウル殿、朝早くから申し訳ない。そしてお二人の後ろにいるのが【救国の主】様ですかな?」


 右頬に大きな傷のある、大柄な男性の方が答えた。顔といい体格といい、どこから見ても怖そうな人物だが、声音はとても柔らかい。


「そうです」


 ほら、とアリスに肘で小突かれて、要は慌てて一歩前へと進み出た。


「は、初めまして。一条要と言います」

「カナメ様ですか、お初にお目にかかります。レイナード王国騎士団総長を務めております、ヘーゲル・ツェルナーと申します。以後お見知りおきを」


 そしてもう一人の男性が続いた。


「初めまして、クローゼ・カペルと申します。この国の宰相を務めております。今回は遠いところからお呼びして本当に申し訳ありません」


 そう言ってクローゼと名乗った、黒髪に眼鏡のいかにもインテリそうな男性は深々と頭を下げる。宰相ということは、かなりどころかとても偉い人間のはずだ。そんな人物にいきなり頭を下げられて、慌てた要は思わず両手と顔を振った。


「あ、あの! 全然気にしてないんで!」


 本当は『全然』なんてことはないのだが、つい反射的に口から出てしまった。平和主義者の要らしい返答だ。しかし、しまった、と思った時にはもう遅かった。今から『いきなり召喚されて迷惑してます』的な訂正なんてできるはずもなく、そのまま話は進んでいく。


「ありがとうございます。それでは早速会議に入りましょうか。とは言っても、今日はカナメ様を交えての最終確認になりますが」


 クローゼは各々席に着くように促した。アリスの隣に要、そしてラウルと並ぶ。向かい側にはクローゼとヘーゲルが並んで座った。


「まずは、これを見て頂きたいと思います」


 懐から雑に畳まれた紙を出したクローゼが、それを会議テーブルの上に広げる。要はテーブルに両手をついて身を乗り出した。


「エドガーの自室に置いてあった手紙よ。床に落ちていた剣の側にあったのを、あたしがたまたま見つけたの」


 アリスが教えてくれる。


「内容は?」


 言葉は今のところ問題なく通じているが、どうやら文字は日本語どころか英語ですらないらしく、全く読むことができない。その上、どう見てもミミズがのたうち回ったような文字にしか見えず、要は尋ねた。


「『国王はあずかった。返してほしければ【きゅうこくの主】をカルマン城につれてくること』、だそうよ。それにしても字は汚いし、手紙の畳み方も雑だし、そもそも期日の指定がないとか、犯人てどんな奴なのかしら。文章も微妙だし、何となく頭が悪そうなのはわかったけど」


 散々犯人の悪口を並べ立てて、アリスは大袈裟に肩を竦めて見せる。字の汚さはあまり関係ないんじゃ、と要は心の中で苦笑したが、ここは大人しく黙っておくことにした。


「どんな……って、名前は書いてないの?」

「ないわね。わざと書いてないのか、それとも書き忘れたのか。まあ、あたしの予想は後者だけど。それにもし書いてあったとしても、知らない人物だったら意味がないし」

「知っている人物だったら、まだ他の手も打てたかもしれないんですが」


 それまで黙って座っていたラウルが残念そうに言った。


「それで、これからのことですが」


 ヘーゲルが話を進めようと切り出す。


「犯人の要求している【救国の主】様は無事に召喚できました。次にカルマン城に連れて、とのことですが……」

「――っ!」


 ここで要は思わず息を呑んだ。心臓が大きく脈を打っているのがわかる。


 昨日はアリスやラウルに言われるまま、半ば流されるようにして簡単に引き受けてしまったが、いざ実際に会議に出てみると自分の役割の重要さが一気に現実味を帯びてきて、それが両肩に一気に大きくのしかかってきた。それに、自身のこれからのことに不安も溢れてくる。両膝に乗せた手が小さく震えていた。


「あの……っ!」


 思い切って声を上げると、その場にいる全員が一斉に要を見る。


「おれは、そこへ行って、どうすればいいですか……? 王様の代わりに、犯人に引き渡されるんですか……?」


 言葉の最後の方は消え入りそうになっていた。全員が一瞬沈黙したが、それをすぐに破ったのはアリスだった。


「あんた、馬鹿ね」

「はぁ!?」


 決死の覚悟で紡いだ言葉を『馬鹿』の一言で片づけられてしまい、要は思わず大声を上げて立ち上がった。勢いで椅子が大きな音を立てて倒れる。普段は温厚な要だが、さすがに今回は我慢ができなかったのだ。


「馬鹿だから、馬鹿って言ったのよ。それ以上でも以下でもないわ」


 腕を組んでふんぞり返ったアリスが、要を見上げた。しばしの間睨み合う。


「とりあえず、座ってください」


 険悪な雰囲気に耐え切れなくなったのか、ラウルは二人の間に割って入ると、そう言って要に椅子に座るよう促してきた。仕方がないので、要はいつの間にか直されていた椅子にしぶしぶ座った。


「……どういうことさ」


 ほんのわずかにだが、落ち着きを取り戻した要が不機嫌そうに問う。


「仮にも【救国の主】ともあろう者が、そんな簡単に犯人に引き渡されていいとでも思ってるの? もしそれでエドガーが無事に戻ってくるなら、あたしは喜んであんたを差し出すけど」

「いい、とは思ってないけど……って、またさらりとひどいこと言ってるなぁ!」


 思わず要が突っ込んだが、それを無視してアリスは続ける。


「【救国の主】っていうのは、その言葉の通り国を救う人間よ。確かに、あんたが犠牲になればエドガーは助かって、この国も救われるのかもしれない。でも、誰かが犠牲になるのはおかしいじゃない。そんな救われ方をしてもエドガーは絶対に喜ばない。断言するわ。それに、犯人はあんたを利用するつもりかもしれない。もしそうなったら今以上にまずいことになる可能性だってあるわ」


 アリスの言っていることは正論だった。昨日は『そんなこと知らない』と突っぱねていた彼女が、まさかそこまで色々なことを考えていたとは全く思いもしなかった。要は、これまで自分の保身しか考えていなかったことが恥ずかしくなる。


 そこで、それまで大人しく要とアリスのやり取りを見守っていたヘーゲルが口を開いた。


「そろそろ、話を戻してもよろしいですかな?」

「あ、すいません……」


 何となく気まずさと恥ずかしさで要は小さくなる。穴があったら入りたいとはまさにこのことを言うのだろう。


「ごめんなさい。じゃあ話を戻しましょう」


 アリスも素直に謝ると、椅子に座り直した。




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