第3話 救国の主
部屋に押し込まれた途端、椅子に座る間もなく切り出された。
「まず、この国の王様が誰かに誘拐されたの。つまり国の一大事ってやつね。それで救出しないといけないんだけど、ちょっと犯人からの要求があって」
アリスは要に構うことなく、次から次へと言葉を並べていく。
(最初からそうだけど、随分おれの扱いひどくない……?)
「はぁ……」
聞きながら、要は近くにあった椅子に腰かける。両手をテーブルの上に置いて落ち着こうとすると、次の言葉が飛んできた。
「で、要求っていうのがあんたを連れて行くことなんだけど」
「ふむふむ……って、今何て言った!?」
要は思わず目を見張ったが、そんなことには全く動じないアリスはそのまま続ける。
「だから、【救国の主】と思われるあんたを連れていかないといけないのよ」
「それって、身代金みたいなのじゃない!? てか
要は混乱もいいところである。
「……ん、あれ? そういうことになるのかしら?」
アリスは顎に手をやると、考える素振りを見せた。どうやら身代金のところだけを拾ってきたらしい。
そこで、これまでずっと黙っていたラウルが口を開く。
「犯人は多分そういう意味で手紙を置いていったんでしょうが、今回俺たちがカナメを召喚したのは、それとはまた違う理由もあったでしょう? カナメはとりあえず落ち着いてください」
いつの間に用意していたのか、紅茶の入ったティーカップをそれぞれの前に置きながら、アリスと要に言った。
ふわりと紅茶のいい香りが辺りに漂う。
「そういえば、さっきも召喚がどうとか言ってたような……」
要は早速、ティーカップを遠慮なく手に取ると、一口啜る。紅茶には詳しくないが、これは美味しいと素直に思った。
温かく美味しい紅茶に癒されて、ようやく少し落ち着いた要にアリスが言う。
「じゃあ、まずはあんたがここにいる理由を説明するわ」
「よろしくお願いします」
なぜか反射的に頭を下げた。
※※※
かいつまむとこういうことだった。
数日前、このレイナード王国の国王陛下が何者かに誘拐された。そして犯人の要求は、指定の場所に【救国の主】を連れてこいというものだった。
国王がいなくなったとなれば、国の一大事だ。国王は若く、まだ後継ぎもいない。このままだと後継者争いが勃発するのも時間の問題だろう。そうなる前に何としてでも救出しなければならない。そこで仕方なく犯人の要求を呑むことにした。
そして、魔法や精霊召喚に詳しいアリスが二日二晩かけて古い文献の古代文字を解読し、【救国の主】について召喚方法などの必要な情報を調べた。ようやく解読が終わり召喚を実行した結果、こちらに呼ばれたのが要だったというわけだ。ちなみに死んだ人間を召喚することはできないので、要の身体は生きているということだそうだ。
おそらく現在は要の精神だけがこちらに来て実体を持っているのだろう、とアリスは最後に付け加えた。つまり身体は元いた世界にあるらしい。
※※※
「……何となくはわかったけどさ、さっきも言った通り【救国の主】ってのがよくわかんないんだけど」
アリスのざっくりとした説明を受けた要が頬杖をついて唸る。
「このレイナード王国には古い言い伝えがあるんです。何百年も昔、この国が滅びそうになった時に異世界から召喚した勇者に救われたとか何とか。その勇者を【救国の主】と呼んでいるそうです」
ラウルが追って説明してくれるが、要は首を傾げるだけだ。
「随分と曖昧な伝説だなぁ……」
「いや、残念ながら俺も詳しくは知らないんですよ。この国の生まれではないので」
そう言って、ラウルは申し訳なさそうに軽く頭を掻く。
「あたしも生まれは違うし、そもそも興味自体ないけどね。今回だって必要最低限しか調べてないし」
アリスはそれまで組んでいた足を組み替え、軽く目を閉じると紅茶を啜った。
「でも、おれと【救国の主】って全く関係なくない?」
「いえ、そんなことはないんです」
ラウルの言葉に、要はまた首を傾げる。
「どういうこと?」
「召喚者であるあたしと精神が同調した者じゃないと、こっちに世界には召喚できないの。で、非常に残念なことにあんたが同調したってわけ。そしてあんたを召喚した理由はふたつ」
アリスはティーカップを置くと、指を二本立てて見せた。
(残念って……)
もちろん要の心の声が聞こえるはずもなく、アリスはそのまま続ける。
「まずはさっき言ったけど、犯人からの要求であんたを連れて行く必要があるから。そして、ラウルが話した【救国の主】の言い伝えの通り、あんたにこの国を救ってもらうため」
「ちょっと待って! 最初の、要求だからってのはわかったけど、おれが【救国の主】だとか、この国を救うとか夢物語もいいとこだし! それ以前におれは争いごととかごめんだからね!」
アリスの口から出た突拍子もない話に要は一気にそれだけ言うと、子供のようにぷい、とそっぽを向いた。
「そうね、あたしもあんたが【救国の主】だとはまだ認めてないけど。でも、あんたを犯人に引き渡して王様を返してもらえれば、それはそれで結果的にはあんたが国を救ったことになるんじゃないかしら。それなら一石二鳥だし」
しれっとそんな意地の悪いことを言いながら、アリスはさらに紅茶を啜る。
確かに自分が犯人に引き渡されて、王様が無事に戻ってくれば国も安泰だろうし、一石二鳥なのはわかるが。
「やっぱりそれ、身代金と同じ扱いだよねぇ!?」
結局はそういうことなのだ。
「そうかもしれないわね」
しかし否定すらされず、あっさり認められてしまう。要はがっくりと肩を落とした。
「でも、おれを連れて行ったところで王様を返してもらえる保証なんてないだろうし、もし返してもらえたとしても、おれはその後どうなるわけ?」
素朴な疑問をぶつけると、
「そんなことあたしが知るわけないじゃない」
アリスからまたも無責任な言葉が返ってきた。要は肩を落としたまま、今度は盛大な溜息を吐いた。
「とにかく! この世界に来てしまった以上、あたしの言うことは聞いてもらうわ」
人差し指をびしっと要の鼻先に向けるアリス。
「い、いや! 当然拒否する権利だってあるよね!?」
唐突な命令に、要は慌てて首を左右に振る。
「拒否しても構わないけど、そうするとあんたはこのまま元に世界に帰れずに、村人Zとしてこの世界で生きることになるわね」
「村人Aですらないのかよ! てか何で帰れないんだよ!?」
要は思わず『村人』の部分に突っ込んだ。いや、さすがに突っ込まざるをえなかった。しかし、それを華麗にスルーしてアリスは続ける。
「召喚した者、つまりあたし以外にあんたを帰せる人間はいないのよ」
「何だよ、それ……!」
頭の上にいきなり大きな岩でも落ちてきたような衝撃を受け、要は落胆すると同時にテーブルの上に突っ伏した。
「まあ、今のあんたに拒否権なんてあるようで実際ないのよ。ちゃんと言う通り働いてくれたら、その時はきちんと元の世界に帰してあげるわ」
「ホントかよ……」
まだ突っ伏したまま、じとーっと疑いを持つような目でアリスを見上げる。
「嘘はつかないわよ」
「安心して下さい。アリスは嘘をつきません。俺がちゃんと保証しますから」
苦笑いのイケメンに保証されても、とは思いつつ、これ以上はどうにもならないことを悟った要は、仕方なく頷くことしかできなかった。
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