第26話 モエギvsクチナシvsザクロ


 この闘いは、モエギにとって不利でしかないものだった。


 三つ巴の闘いというのは、ときに二人組が出来てしまえる状況である。


 それを判っていながらも、モエギが闘いを申し込んだのは、誰よりも副会長になりたい想いが強いと自負しているからだ。


 候補であるクチナシが東、第一挑戦者である稗島ザクロが西。そして第二挑戦者であるモエギは、南の位置に陣取った。


 生徒会室に入ってから、三人は一言も口を開かなかった。ただ黙って教師の指示に従い、分身を出して所定の位置についた。


 スミレも先輩二人も、最低限の言葉だけだった。お陰で空気は今までに無いくらい張り詰めており、モエギの集中力を高めるには絶好の機会であった。


『生徒端末をご覧の皆様、お待たせしました。生徒会能力戦の準備が整いました』


 いつも通りのやり取り、いつも通りな試合前告示。しかしモエギの心臓は、いつも以上に高鳴っていた。


 今日のモエギは、深呼吸すらしなかった。ただ開始の合図を待ちながら、分身へと全神経を集中していた。


『試合開始』


 大きな鐘が鳴ったと同時に、モエギは全力で走った。クチナシの方ではなく、稗島柘榴へと向かっていった。


 そうはさせるか、と庇うようにクチナシが立ちはだかる。やはり予想通り、最初は手を組むつもりなのだろう。三つ巴戦は一対一対一だが、一時的に協力するのは反則ではない。


 既にクチナシは五本の指の爪を繋げ、剣のような形にしていた。前と違って靴を飛ばす余裕が無かったのが、モエギにとって僥倖だった。


 卑怯な手が無ければ、不意打ちなど通用しない。足を狙ってきたのも予想通りで、払うように伸ばしてきた腕を真っ向から捉えるのに成功した。


 そこからモエギの動きは速かった。


 一歩の跳躍で飛び上がったモエギは、クチナシの爪を避けるついでに、正面からヒザを顔を叩きこんだ。


「んなぁ⁉」


 痛みは無いが、衝撃でクチナシの足元がふらついた。モエギは彼の左手に目を向けるが、どうやら剣の状態に出来るのは片手だけのようだった。


 もし左手まで剣状になっていたら、今のヨモギには避ける手立てが無かったのだ。


 着地したモエギは、隙だらけの相手の腹に蹴りを入れる。模型の建物を壊しながら、クチナシは机の上を転がっていく。


 これだけで終わるとは思ってはいないが、呆気無さにモエギは気が抜けそうになる。


 とはいえ一瞬でも気を抜けば、負けるのはモエギの方である。


 稗島ザクロが飛びつくように、モエギの肩を掴んできた。そのまま腕をワキに差し入れられ、見事にモエギは羽交い絞めにされてしまった。


 なるほど、とモエギは逆に感心した。ここで抵抗されても共痛覚のせいで、耐久値が減るのはクチナシではない。


 成すがままにされたのは悔しいが、理にかなった攻撃にモエギは相手の成長を感じずにはいられない。


 大っぴらに協力しているが、これも反則規定には値しない。得てして三つ巴戦というのは、そういうものだからだ。モエギも覚悟はしていたが、ここまでするとは恐れ入った。


 立ち上がったクチナシが右手の爪を構え、モエギに狙いを定めた。


 絶体絶命、背水の陣。どう足掻いても絶望しか見えない状況。


 しかしモエギは、不敵な笑みを浮かべていた。


「武士は食わねど高楊枝ってか!」


 モエギに取っては意味不明な言葉を並べたクチナシが、地面を蹴って駆け出した。右手を居合のように構えているので、次こそは足を切り落とすつもりだろう。


 小柄なモエギと比べ、背後の稗島ザクロと十くらい身長差がある。どう足掻いても振りほどけない状況下で、敢えてモエギはそれを利用した。


 クチナシが腕を動かした瞬間、モエギは思いっきり腹筋を曲げる。稗島ザクロの腕の力が強くなるのを感じ、そのまま足を思い切り畳んだ。


 まるで体育座りのような格好になったので、相手の爪は空を切った。無事に切り抜けられた訳だが、モエギはこれだけで満足するような男では無い。ちょうどクチナシの頭は、彼が折り畳んだ足元にあった。


 思い切り足を伸ばしたモエギのカカトが、クチナシの延髄に打ちこまれた。


 まるで踏みつけるかのような、非常に単純な攻撃だった。しかし、それだけに効果は抜きん出ていた様子。頭から落ちるように、クチナシが机に倒れた。


 そしてモエギの延髄踏みは、決め手となったようだ。クチナシの分身は突っ伏したまま、机の上から姿を消した。


「……う、嘘だろ」


 茫然としかけた稗島ザクロだが、モエギはその隙を決して見逃さなかった。


 緩くなった羽交い絞めを抜けたモエギは、稗島ザクロの両足を掴んで持ち上げる。後頭部を机に強打させたせいで、共痛覚によりモエギの耐久値は減ったが気にしない。


 この点においては、学習していないようだな。満面の嘲笑を浮かべたモエギは、稗島ザクロを机の端まで引っ張っていく。


「やめろ……やめろ!」


 腰を捻ったモエギは振り回すように、稗島ザクロを机の外へと放り投げたのだった。


 副会長候補、三つ巴戦結果。残存耐久値ゼロ、及び戦闘会場離脱により、挑戦者の勝利。


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