第25話 相手はザク郎か?


「……おい、爪野郎」


 クチナシの前に立ったモエギは、掲げるように生徒端末を向けた。


「……何だアンデッド?」


 表情も声も不満そうなクチナシだったが、無視しなかっただけモエギからすれば万々歳である。


 モエギは生徒端末を手に取ると、予め項目を打っておいた画面から、挑戦状を送信した。クチナシの腰についていた端末が光り、手に取った彼は目を丸くした。


「なっ、何で、挑戦状が送れんだよ」


 どうやら、向こうも知らなかったようだ。クチナシの台詞に、モエギはニヤリと嘲笑した。


「何でって、なんだ? お前、もう挑戦状受理したのか?」


 少し考えるような表情になった後、クチナシは小さく頷いた。別にここで隠さずとも、放課後になれば露見されてしまうのだ。


「……ああ」


「相手はザク郎か?」


 モエギの言うザク郎とは、稗島ザクロを指している。彼は特に仲良くない相手を、二つ名で呼ぶ種類の人間なのだ。


「だから何だよ?」


「だったら俺は、三つ巴戦を要求する」


 クチナシが目を点にしたのを見るに、やはり生徒会能力戦の規則を知らないようである。モエギは仁王立ちのまま、鼻を鳴らして説明をする。


「候補者は一日に、挑戦状を何人でも受理出来るんだよ」


 相手の端末が光った時点で、モエギは挑戦状が送れているのを確信していた。いまクチナシの端末には挑戦状の三文字が記載されており、受理と拒否の項目が現れているに違いない。


候補者は一日に一人しか、挑戦状を受理出来る訳ではない。試合が決まっていても挑戦状が来れば、加えて参戦を許諾出来る。


 しかし人数が増えれば増える程、負ける倍率も高くなる。観戦側としては盛り上がるが、出場者にとっては不利にしかならないので、あまり歓迎はされない。


「……拒否したら?」


 ふてぶてしい顔でクチナシが、端末画面にある拒否の項目を指差した。もちろん候補者は、挑戦状の拒否が可能だ。


 想定内の質問だったので、今度はモエギが不敵な笑みを浮かべた。本人は意識していなかったが、その笑い方は、まるで現副会長と似通っていた。


「ここで仮にザク郎が勝って、候補になったら……。俺は再び、アイツを全力で潰すぞ?」


「……ちっ」


 クチナシが眉間にシワを寄せたせいで、今までの疑念は確信に変わったようなものである。


 やはり彼は、稗島ザクロを副会長候補に仕立て上げようとしていた。ここでモエギが再び打ち負かす宣言をしたならば、間違いなく止めに来る筈なのだ。


「わかった、わかった。……お前のそのクソみたいな提案、あえて受けてやるよ」


 ワガママを聞きました、と言わんばかりにクチナシが鼻で笑った。まるで自分から犠牲になったような口ぶりだ。


 前までのモエギなら怒り散らす台詞だったが、使命を背負った少年には何の効果も無かったのだ。


 今回の件で前より少し大人になっているのに、誰よりも彼自身が気づいていなかったのだ。


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