第23話 三つ巴戦


「そうだ、モエギくん。何故この闘い、何度も挑めるか知ってる?」


 副会長の言う闘いとは、生徒会能力戦の話だろう。質問の意図が分からなかったが、モエギは自分の考えを述べてみた。


「負けた人にもチャンスを……」


「はい残念」


 両手でバッテンを作った副会長は、クスクスと愉快そうに微笑んだ。


「……何度も勝って、強さを証明しないとですか……?」


「スミレくんも、残念」


 愉快そうな微笑みのまま、副会長はスミレにもバッテンを向けた。


「正解は……勝ち逃げをさせない為です」


 副会長の台詞に二人は顔を合わせ、目をパチクリさせた。


「いや、スミレ君は良いセン言っていると……」


「うん。スミレくんに甘いツユクサは、お口にチャック」


 スミレの推測も一理あるようだったが、今は本題で無いようであった。生徒会長の顔を覆うように、副会長が手を伸ばした。


「じゃあ、今のスミレくんのは、会長寄りの考えだとして……わたしの見解を言おう」


 副会長は椅子から立ち上がると、立ったままの二人に一歩近づく。目を丸くするモエギに手を伸ばした彼は、再び満面の笑みを浮かべた。


「何度負けても、最後に勝てば、それでいい」


 副会長の台詞を耳にしたモエギは、彼の手を見て顔を見て、最後に間抜けな顔で首を傾げた。


「何故なら、悪人は負ければ捕まるから」


 それから副会長は、自分の持っている生徒会能力戦への見解を述べた。


 この闘いにおいて副会長は、生徒会長以上に役員としての働きが出来るかを想定していた。


 要するに生徒会は何度負けても、役員になった以上は何度も闘う必要がある。


 しかし彼の言う悪人、つまりは罪を犯した生徒は違う。一度負ければ捕縛され、教師に取り調べをされる。


 生徒会側は、負けても再戦の好機はある。悪人という罪を犯した生徒は、負けたら一巻の終わりとなる。


「何度負けてもいいんだよ、わたし達生徒会は。逃げられても、また追えばいい。違うかい?」


 モエギは首を左右に振った。しかし納得のいっていないような顔で、すぐに俯いてしまった。


「……でもアイツは、クチナシは……悪人ではありませんよ」


 モエギの主張は間違ってはいない。クチナシは友の敵討ちが闘う理由となっただけで、結果として副会長の座を奪っただけの話だ。何も不正はしていなければ、公の場で実力を見せつけた。


 ここでスミレが一歩踏み出した足が見えたので、モエギは顔を上げた。スミレが珍しく、自分から意見を出そうとしていたのだ。


「でも、モエギ……例えばなんだけれど。兄であるシヅカさんの前で、言うのも何だけれど……」


「仮に甲斐くんが、ザクロに明日勝ちを譲ったんだとしたら?」


 スミレの言葉に覆いかぶさるように、副会長が口を開いた。モエギは絶句した。兄である副会長みずから、弟の不正の可能性を暗示しているのだ。


「そっ、そんなの! 生徒会が許すハズが無いですよね⁉」


 思わずモエギが生徒会長の方を見たのは、言うまでもなく頷いて欲しかったのだ。しかし生徒会長は、静かに首を左右に振った。


「……証拠が無ければ、無理だ」


「んな、馬鹿な⁉ 仮に明日闘って、アイツがわざと負ければ……!」


「モエギくん。……弟の能力、キミも知っているでしょう?」


 共痛覚。モエギの頭に浮かんだ三文字だった。


 稗島ザクロの能力は、受けた攻撃を相手に返すものである。対してクチナシの能力は、完全に攻撃手段となっている。


 モエギの場合は耐久値こそ減っていなかったが、足を切り落とされて降参を余儀なくされた。ゼロは再生能力ではないからだ。


 仮に切り落とすような攻撃でも、共痛覚が有効であれば、クチナシに勝ち目は無い。


 逆に言えばクチナシが攻撃した時点で、互いが互いの能力を知っていると解っている者以外は、八百長とは疑わない。


「モエギ……阻止しよう。僕じゃ駄目なんだから、止められるのはモエギしか居ない」


 スミレは現在生徒会長候補の座にある為、他の役員候補を決める闘いには参加出来ない。


 会長や副会長なんて、試合すら出来ない立場だ。


 いま不正の可能性がある状況で、そこに直面している四人。


 その中で動けるのはモエギ、たった一人だけだった。


「……仮にそうだったら、許せないが。でも闘いが決まっちゃったら、どうすんだよ」


 モエギが挑むよりも先に、クチナシが稗島ザクロの挑戦を受ける可能性だってある。そうなれば、お手上げ状態になってしまうのだ。


「あれれ、モエギくん知らない? 三つ巴戦」


「「三つ巴戦?」」


「……ですか?」


 耳慣れてない単語だったのか、モエギとスミレが声を合わせて驚いた。


「……スミレ君、モエギ」


 呆れたような表情で、生徒会長が溜息をついた。


「仮にも生徒会役員を志す者が、校則を把握していないとは何事だ」


「すすす……すいませーん!」


 確認の為に図書室に逃げるつもりなのだろう。真っ青な顔になったスミレを引っ張り、モエギが脱兎の如く生徒会室を後にした。


 嵐のような喧騒の後、部屋に残った先輩二人は、向かい合うように席に掛け直した。


「……拝島、お前もモエギに甘いんじゃないか?」


 いつもスミレに甘い、と揶揄されている生徒会長の仕返しだった。その台詞を耳にした副会長は、少しだけ真顔になった後に再び微笑みで真意を隠した。


「……言ったでしょう? 僕は……」


 無意識に伸ばした手が何も無い空間を握ったから、副会長が珍しく目を細めた。いつもモエギが珈琲を置いてくれる場所に、今日は何も用意されていなかった。


「モエギくんの可愛い顔、潰すの勿体ないって」


 ため息をつくように、副会長は呟いた。


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