第22話 木曜日


 モエギにしては珍しく、物怖じした表情で生徒会室に入った。


 だが先輩二人が憂いの目を向けてきたものだから、モエギは逆に申し訳ない気持ちで一杯だった。


 本当は今日、モエギは生徒会室に来るつもりなんて無かった。昨日の醜態を見せておいて、どんな顔をすれば良いのか分からなかったせいである。


 何を言われても良いように覚悟はしていたモエギだが、今の先輩二人の方が思った以上に堪える気がした。どうせなら咎められたり、罵倒されたりした方が遥かにマシだと思えるくらいだ。


「スミレ君、挑戦状は?」


 会長の台詞を耳にして、スミレが自分の生徒端末を確認した。何も通知が無いので、挑戦はされていないようだった。


「そうか、なら良い。今日、書記会計戦の志願者が居てな……」


 まだ書記と会計に関しては、未だに現行役員を倒した者は居ない。なので、ずっと候補者は不在のままである。モエギ達もそうだったように、現生徒会役員に挑む場合は、生徒端末から挑戦状は送れないのである。


「……じゃあ、モエギくんのリベンジは、明日だね」


 副会長の台詞を耳にして、モエギは思わず目を見開いた。


「お……俺、の……リベンジ」


 怯え声のモエギに対し、いつも通りの笑顔を副会長は向ける。


「あれ? しないの?」


 その声にモエギは拳を固く握りしめ、何かに耐えるかのように震え始めた。


「……あんな、あんな無様な試合晒して……また」


 思わず副会長から目を逸らしたモエギは、震えを抑えるように自分の腕を掴んだ。昨日の試合は彼にとって、完全に心の痛手になっていた。身の程知らずが、大げさな見栄を張った結果である。


「目を逸らすな、モエギ」


 そうだ、今の自分は逃げてはいけない立場なんだ。そう自分に言い聞かせたモエギは、会長の声に恐る恐る前を見る。目の前には笑顔のままの副会長が居た。


「モエギくん。ブザマってなあに?」


「……えっ?」


 いつもと変わらない口調だったから、逆にモエギは恐怖を覚えた。副会長は怒りも悲しみも全て笑顔で表現する人のようで、対象でないスミレも完全に顔が強張っていた。


「負けたら無様なの?」


「……というよりも、その……」


 ゴクリを喉を鳴らした後、まるで調子の悪い拡声器のように、モエギは途切れ途切れに口を開いていく。


「副……会長、シヅカさんとの……約束、絶対に……守り抜くって、果たせなかった……ので」


 何よりもモエギが恥じているのは、副会長との約束の件だった。


 是非キミには、これを守り抜いて欲しい。先週、副会長に腕章を渡された時の言葉だった。


 その時に誓った筈の腕章は、いま彼の腕には無い。震えを止める為に腕を抑えている訳ではなく、恐らく腕章が無い部分を無意識に隠しているのだろう。


「…………そう」


 そんなモエギの台詞を聞いたにも関わらず、副会長は怒りも悲しみも無い様子。出てきた言葉は、それだけだった。


「……すみません、でした……」


「頭を下げるな、モエギ」


 膝に手を置きかけたモエギに、強めの口調を投げ掛けたのは、生徒会長の方だった。


 叱咤のような言葉を浴びせられて、思わずモエギは背すじを伸ばした。


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