第11話 アンデッドじゃねえよ


「……で、何だっけか。スミレの能力って、確か……」


 言い淀んだクチナシにスミレは、改めて自分の迅速能力を解説した。別の組の生徒なら兎も角、同じ教室の友達には隠しておく意味は無いのだ。


「例えば、手だけ素早く動かせたりするか?」


 クチナシの台詞に、スミレは思わず目をパチクリさせた。


 今まで身体の一部だけを動かすという発想は、スミレの中では無かったのだ。面白い物を見つけたように、クチナシは嘲笑のような表情を浮かべた。


「おい、次期副カイチョー。お前、スミレを会長にしたいんだよな?」


 そのまま矛先を向けられて、顔の引きつったモエギが居た。嘘をついても仕方ないのか、黙ったまま彼は頷いた。


「じゃあ、手伝えよ。スミレが腕だけ素早く動かせるか、実験をよ」


 見事に嫌な予感が的中したような顔で、モエギは額に手を置いた。クチナシの台詞の意図が分からないスミレは、呆けているような表情を浮かべた。


「わかっ……たよ。ホラ、スミレ、来い」


 珈琲を置いて椅子から立ち上がったモエギは、スミレの前で手を後ろに組んだ。未だに意味不明なスミレは、困惑の色を見せている。


「ど、どゆこと?」


「つまりだ。次期副カイチョーに、お前の能力で速くなった拳を打ちこめってこと」


 クチナシの台詞で初めて理解したのだろう、スミレは目を丸くした。


「ええっ⁉ そ、そんなことしたら、モエギ怪我するよ!」


「しねえって、アンデッドだから」


「アンデッドじゃねえよ」


 不死身ではないとはいえ、モエギのゼロは相手の威力を無効化する。無と化すと言えば聞こえはいいが、怪我しないだけで痛みはきちんと来るのだ。故に痛みも来ない分身戦では、最強というのは過言ではない。


「痛みのショックで死んだり……?」


「意外と自信満々だな」


 恐る恐るな口調の割には強気じみたスミレの発言に、モエギもクチナシも苦笑いを浮かべた。


「オレはそんなヤワじゃねえよ。ほら、来い!」


「わ、わかった」


 モエギに急かされたスミレは、改めて相手の前に立つ。対象は同居人の腹。出来るだけ腕に集中して、スミレは迅速能力を発動させた。


「えいっ!」


 掛け声こそ大人しかったが、モエギの腹からは大きな風船が弾けるような音が響いた。目に見えない程の迅さで打たれたスミレの拳は、めり込むようにモエギの腹筋へと沈んでいる。


「…………」


 思った以上の破裂音に、クチナシは唖然としている様子だ。威力はゼロになっているものの、相当な痛みが対象の腹筋に走ったに違いない。受けたモエギと、何故か放ったスミレまでも、そのまま暫く動かずにいた。


「……お、おい、お前ら」


 あまりにも静かで動かないものだから、不安を覚えたようにクチナシが声を掛けた。


 その時だった。二人が同時に床に倒れ、芋虫のように転げ回る。同級生二人の有り様に、クチナシは慌てふためく。


「いいいいい!」


「あああああ……」


 モエギは腹を抑えながら、スミレは拳をさすりながら、互いに痛み苦しむ羽目になった。その様子を見て、クチナシは一つの事実に気づいたようだった。


「え、スミレも痛いのか⁉」


「いたひぃぃ……」


 考えてみれば単純な話で、自動車事故のようなものだった。当たった車も当てられた車も、どちらも無事で済まないようなものである。


 これは完全に、クチナシの落ち度であった。彼は爪を武器や道具として用いる際、無意識に硬化を使っている。それを忘れていた彼は、スミレの拳を何かで覆う安全策を怠っていたのだった。


 クチナシ立案の実験は見事に大失敗に終わり、残ったのは痛みに苦しむ少年二人となったのだった。


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