第9話 クチナ師匠


「か、甲斐くん⁉」


「おうとも」


 スミレと同じ二年B組の友達、甲斐クチナシだった。見れば体操着姿で、身体の至るところ葉っぱだらけだった。いきなりの同級生の登場に、スミレは目を丸くするしか出来なかった。


「何でスミレ、山なんかに?」


「……こ、こ、こっちの台詞だよ」


 どうやら互いが互いに、ここに居る理由が分からなかった様子。スミレの問いに答えるように、甲斐クチナシは自分の右手を差し向けた。


「オレの能力知ってんだろ?」


「……つ、つめ?」


 スミレの回答に正解と言うように、甲斐クチナシは右手の爪を伸ばして見せた。


 甲斐クチナシの能力は、爪である。その名の通り、爪にまつわる能力だ。


 具体的に言えば、爪を伸ばしたり、硬くしたり、時に色や形まで変えられるものである。


 しかし、それが分かったところで、何で甲斐クチナシが空から落ちてきたのか。スミレには不明だった。


 すると甲斐クチナシは、爪の能力を再び発動。全ての手指の爪を伸ばし、獣のようなカギ状へと変化させた。


 何をするのかスミレが黙って見ていると、彼は背中を向けて目の前に樹に飛びついた。そのまま器用に両指の爪を使い、思いのほか速く木の枝まで登りつめた。


「ほらニャンコとか爪で木登りすんだろ? オレも出来るか試してみた。出来たわ、スゴくね?」


 ものの見事に自画自賛な発言だが、素直に凄いと感じたスミレは拍手を送った。スミレは自分に出来ない芸当が出来る人に対し、心からの敬意を行動で示す少年なのだ。


「……凄いね。しかも、にゃんこちゃん見て真似しようって、僕には思いつきもしない」


 満足そうな表情を見せ、甲斐クチナシは軽々と樹から飛び降りた。先ほど降ってきたように見えたが、彼が空を飛んできた訳では無かったのだ。


「だろう。スミレはもっとオレを褒め称えるべきだ」


 ここにモエギが居れば、止めに入っている場面だが。不在であるため、スミレは引き続き拍手をしてしまう。甲斐クチナシは更に得意気な顔になるが、誰も突っ込む者は居ない。


 しかしスミレは、心から感嘆の気持ちを持っていた。甲斐クチナシは只今スミレが熟考中である課題を、まさに全うしている最中だった理由もある。


 能力の使い方や手段について何も分からなかった自分に対し、甲斐クチナシは猫を見ただけで思いついた。それだけでもスミレは、彼を尊敬に値する人物だと感じたのだ。


「甲斐くん! いや……師匠!」


「……んあ?」


 いきなりの大声に面食らっている甲斐クチナシをよそに、スミレは大きく頭を下げた。


「僕に……僕の能力に、アドバイス! 下さい!」


「…………んん、仕方ないな!」


 先ほどから延々と敬意の目を向けられて、甲斐クチナシも悪い気分はしなかったのだろう。スミレの依頼を二つ返事で了承した。


「オレのことはクチナ師匠と呼べ!」


「はい、クチナ師匠!」


 こうして同級生であるにも関わらず、スミレは敬意を持てる師匠を手に入れたのだった。



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