第6話 士熊露草vs椎田菫
土曜日は半日授業だが、それでも試合は開催される。
本日の生徒会能力戦は生徒会室で行われているが、スミレは別件で生徒会長に呼び出されていた。
本来ならば生徒会全員で見守るべき筈の試合なのだが、肝心の生徒会長が欠席で大丈夫なのだろうか。
なんて不安な想いを抱きつつも、スミレは数学準備室の戸を叩いた。
応答の声が耳に入り、スミレはそっと戸を開ける。教室に居たのは分身能力者の数学教師と、生徒会長の士熊ツユクサの姿だった。
「センセ……あれ? だって、今日の」
数学教師の姿を見て、思わずスミレは自分の生徒端末を確認した。画面にはたった今、生徒会室で行われている試合が生中継されている。模型の街で戦っているのを見るに、間違いなく分身能力が使われている。
「私の役目は分身を作るだけだ」
「能力使えば先生の仕事は、それでお仕舞いだ」
数学教師と生徒会長が順番に解説してくれたので、スミレはペコリと頭をさげた。要するに一度使えば、その試合で二度と分身を出す必要は無くなる。なので今行われている試合に、教師を無理に縛り付ける必要など皆無である。
「……そ、それで本日は、どういった御用件で?」
「……ああ」
スミレの問いに、生徒会長が机に掛かっていた薄布を取る。現れたのは、いま生徒会室で試合会場で使われているものと、全く同じ模型だった。
何度か街を壊されている光景を見ているスミレは、何となく把握した。この模型は、いくつも簡単に用意出来るものなのだろう。
「君の実力を少し、見ておこうと思ってな」
分身能力者である数学教師が居る上で、生徒会長の台詞の意味をスミレなりに噛み砕いた。
今ここに呼び出された理由は、生徒会長自らスミレの相手を買って出てくれたのかもしれない。
そんな自分にとって都合の良い展開だと思えなかったスミレは、泳がせた目を教師と生徒会長を交互に向けた。
「士熊が相手してくれるなんて、光栄に思った方がいいな」
数学教師の一言に、スミレは大きく胸を鳴らした。やはり生徒会長は、戦ってくれるつもりなのだ。喜びに胸が張り裂けそうになったスミレは、忘れる前に生徒会長に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
二人に促され、試合会場である模型の前にスミレは立たされる。肩に担当教師の手が乗ると、対象の身体は光り輝く。
高等部に居る生徒が分身を作るのは、月に一度の数学教師による能力実験の授業の時だけだ。今まで何度か分身を作っているスミレだが、今日だけは自分から生み出されたように思えないくらい輝いて見えた。
互いが試合会場に分身を配置すると、担当教師は教室を後にした。生徒会室に戻って本試合を見学するのか、あるいは職員室まで戻ったのかもしれない。
どちらにせよ、彼が二人の手合わせを最後まで見守る必要は無い。恐らく何らかの手段で録画もされているだろうから、研究ならば後にすれば良いだけだ。
「スミレ君」
「はいっ!」
急な名指しにスミレは反射で返事をし、生徒会長へと向きなおした。
「分身に集中しよう」
「す、すいません」
数学教師に気を取られてしまっていたせいで、視界は本体の方になっていたようだ。会場の方へと集中したスミレは、息をつく間もなく分身の方へと視界が移っていった。
「それではお願いします」
「ああ、本気で来い」
分身の方の生徒会長が、招くように手を動かした。相手は準備完了のようなので、スミレも構える。
「二年B組、椎田スミレです! 能力は……」
「スミレ君」
前口上のような挨拶を遮るように、生徒会長が声を掛けた。
「本気で来いと言ったよな?」
「……あ」
生徒会長はスミレの能力を知らない。逆に言えば、それを教えるのは相手を有利にさせる話になる。
生徒会長が言う本気とは、そういう意味も含まれているのだろう。同じ教室の生徒でもなければ、初手は挑戦者の能力を知らない状態から始まるのだ。
「す、すみません」
ペコリと頭を下げるスミレに、もう一度構えるように生徒会長は促した。
「で、では……お願いします」
改めて生徒会長を向かい合ったスミレは、まずどう動こうかを思案した。向こうの能力は状態を可視できるもので、例えば相手の隙なども分かってしまうらしい。
ある意味で言えば、今のスミレは隙だらけ。しかし、生徒会長が動くような様子は見えなかった。
こっちが教えを請う方だから、こちらから動くのが礼儀かもしれない。そう判断したスミレは地面を蹴り、目の前の相手へと拳を突き出した。
「…………」
当たり前のように避けられたが、今のは能力を使ったのかはスミレには分からなかった。例えば何かを生み出すような、見た目で分かり易い能力でなければ、使ったかどうかは本人でないと分からない。
いま生徒会長が、能力を使っていないのだとしたら、スミレの一撃は高が知れている。
決して彼は、手を抜いたわけではない。能力を使わなかっただけで、本気で殴りに行っていた。すなわちスミレは、能力不使用で生徒会長に立ち向かうのは無謀という話になる。
まずは小手調べにと、能力を使用しなかったのが、生徒会長を軽んじている証拠だ。今の行動を恥じたスミレは、ここで能力の使用を決意した。
迅速能力を起動したスミレは、まず秒で生徒会長の背後を取った。
生徒会長からすれば、目の前の男が消えたような感覚だろう。スミレの目には、何も対応が出来なかったように見えた。そのまま生徒会長に肘を打ちこんだのは、背中に対して拳は威力が無さそうな気がしたせいであろう。
「……ほう」
生徒会長から感心したような声が聞こえたが、ここで満足するスミレではない。相手はまだ姿勢も崩していないのだ。
再び迅速能力を使用し、正面に回り込む。背中に向けていた顔を前に戻される前に、スミレは相手の腹筋に拳を入れた。
強固。という文字が、スミレの脳裏に浮かんだ。
分身なので痛みは無いが、触感は本体と共有されている。驚くことに生徒会長の腹筋は、まるで土嚢を殴ったかのような硬さがあった。一見すると細身に見える肉体なのに、実はそれなりに筋肉はついていたようだった。
「動きを止めない方がいい」
しまった。なんて言う暇も与えられず、スミレの腹に衝撃が走った。
みぞおちに入ったヒザ蹴りは、分身とはいえスミレの身体を浮かせるには充分すぎる威力があった。
勢いで模型の建物に飛ばされ、倒壊した破片にスミレは転がった。痛みはないが、威力のせいでスミレは、自由に分身を動かせない。
生徒会長が抱えるように腰を両手で掴むと、スミレは背中に浮遊感を覚える。生徒会長の試合は去年見ていた筈なのに、この技があったのをスミレはすっかり忘れていたのだ。
スミレを思いっきり持ち上げた生徒会長は、ある程度まで行くと腰を掴んでいた手を放す。重力に引っ張られたスミレの身体は、粉砕された模型の散らばる机に思い切り叩きつけられた。
椎田菫、残存耐久値ゼロ。生徒会能力練習試合、生徒会長の勝利。
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