第5話 ここで、キミたちに残念なお知らせを発表


「お前に足りないのは速さじゃなくて、覚悟と勇気だ」


 昼休みのことである。生徒会室に向かう途中で、モエギが放った一言だった。


 本日の生徒会能力戦は、書記会計戦を既に入れられてしまっていた。分身能力戦は一日に一回なので、先を越されてしまうと今日は何も出来なくなってしまう。


 まだ二十八日もあるとはいえ、機会を逃してしまったスミレにモエギは非難の目を向けていた。この時はまだスミレもモエギも、土曜日だけ二回試合が行えるのを知らなかったのだ。


 ほぼ生徒会役員みたいな立ち位置にあるおかげで、モエギは生徒会室への出入りが自由になっている。


 珈琲を抽出する道具を持参したモエギは、本人とスミレだけでなく生徒会長と副会長の分まで淹れてくれていた。


 本日の目玉、書記と会計が見当たらないが、会長と副会長は生徒会室で昼食を摂るらしい。


 生徒会長、士熊ツユクサはモエギの淹れた珈琲を飲むと、心なしか穏やかな表情になった。どうやら生徒会長様のお口に合ったようで、モエギも得意気な顔になっていた。


「ここで、キミたちに残念なお知らせを発表」


 お茶菓子としてスミレが用意した芋羊羹を口にしてから、珈琲を飲んだ副会長の稗島シヅカが人差し指を立てる。


「わたし達はね、下級生相手に本気を出すなって言われているのさ」


 いきなりの爆弾発言にスミレが目を丸くして、モエギが珈琲を器官に詰まらせた。


「ゲッホ! ゲッホ!」


「……稗島。お前……」


 呆れたような表情を生徒会長が見せると、水を飲んで回復したモエギが副会長に詰め寄った。


「じゃ、じゃあ、なんですか! 昨日のは手ぇ抜いてたってんですか⁉」


 困惑の表情を向けるモエギが面白かったのか、まるでオモチャを見つけた子供のように副会長は微笑んだ。


「って言ってもね、七割くらいは出してたからね。キミがわたしの霧の正体を暴いただけでも、百点満点だよ」


「そんなこと言われても……嬉しくないっす」


 まるで恨み節のような口調で、モエギは肩を落とした。昨日の成果は本気で副会長とぶつかって、それこそ死に物狂いで掴んだ副会長の座だ。


 それが簡単に譲られたような話を聞かされれば、一番凹むのは誰でもない当人であろう。気づけば一緒にスミレも肩を落としていた。


「本当に良い子だね、キミたちは」


 どうして褒められたのかは、二人とも理解出来なかった様子だ。だが馬鹿にされている口調でも無いので、怒るに怒れない状況だった。


「何故……そんなことを?」


 スミレの問いに副会長はご機嫌そうに答えた。


「七割くらいでも……勝てない子は勝てないからね」


 何か含みがあるような発言だったが、スミレは深くは詮索しなかった。


 何はともあれ、モエギが副会長に勝ったのは嘘ではない。現時点で副会長候補になれているのは、まぎれもない事実であろうからだ。


 こういう考えは良くないとスミレも思ってはいるが、副会長はモエギを認めたからこそ、敗北を受け入れてくれたのではないのだろうか。そう思えば上級生が如何に大人であるか、自分達が子供であるかを思い知らされるのだ。


「モエギ君。キミの目的は何だい? 僕に勝つことかい?」


 それでも納得いかなそうな表情をしていたモエギに、副会長が投げかけたのはそんな言葉だった。モエギは首を左右に振った。


「だよね。今キミが大事にしないといけないのは、その腕章だ」


 モエギは副会長に勝って、生徒会副会長候補という立場を手に入れた。しかし一度でも負ければ、舞台から引きずり降ろされる。


 過程はどうあれ、今は重要な立ち位置を手にした。ならば、それを守り切る義務があるのだ。


「絶対に……守り抜いてみせます」


 モエギの台詞を耳にした副会長は、満面の笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る