第4話 副会長vs治田萌葱
防戦一方、そんな言葉しか出てこない光景だった。
一方的に攻め続けるモエギだが、霧状と化している副会長には一切通用しない。
更に言えば副会長自身も、身体が霧となっているので、攻撃が通らない状況だった。
分身は本人に怪我や痛みは来ないが、体力が無限という訳ではない。分身が動いたり能力を使う程、本人の体力や精神力が摩耗していく。能力が使える代わりに、そこは本体と繋がっているのだ。
分身でない方のモエギは、苦しそうな顔で脂汗をかいている。その一方で副会長は、相も変わらず涼しい顔だった。
向こうが攻撃を仕掛けて来ないのであれば、モエギの能力は意味が無い。このままだと本体の方が、体力切れで終わってしまう。
おそらく副会長の狙いは、そこであろう。去年の生徒会分身能力戦で、彼が一度も負けなかったのをスミレは思い出す。
万が一、誰も倒せずに現職の役員が残った場合、指名制となってしまう。先ほどの副会長の口ぶりを考えれば、絶対に彼はモエギを指名してくれないだろう。
スミレは完全に諦めていた。仮にここで倒せなくとも、また挑戦すれば良いだろう。生徒会能力戦期間は一か月、まだ二十九日もあるのだ。
しかしモエギの内なる炎は、まだ途絶えていなかった。
「こ、こ……かぁ!」
すり抜けていた筈のモエギの攻撃が、見事に副会長の肩に当たった。今の今まで通用してなかった筈なのに、どうしてなのか。スミレが副会長の方を見ると、涼し気だった顔が少し驚愕のものに変化していた。
スミレは再び、会場へと目を向ける。先ほどと同じように、霧状の副会長に無意味な攻撃を続けている。ように見えたが、幾度か攻撃が当たっているようにも見える。
なので、副会長も動いた。霧化していない拳をモエギに当て、おまけに頭突きまで与えてきた。こうなってくれば、勝気は見えたも同然。恐らく副会長はモエギの能力を知らないのだろう。分身も本体も、何食わぬ顔でいた。
「⁉」
副会長の顔が、再び驚愕の色に染まった。根本として二人の能力は似通っている。
けれどモエギの場合は、自分に来る威力をゼロにするという大変反則染みた能力だった。
ここから大逆転劇が始まる。スミレが期待の目を向けた瞬間だった。大きな鐘が鳴り響き、二人の分身はピタリと動きを止めた。スミレが顔を上げると、時計を指差した教師の姿がそこにはあった。
「タイムアップだ」
三十分経過、試合時間の終了だった。スミレが思っていた以上に、時間の経過は速かった。こうなった場合、分身の残存耐久値で勝負が決まる。
副会長が九十八に対し、モエギは百だった。
威力ゼロ能力が、ここに来て真価を発揮した。スミレは思わず、両腕を掲げた。
副会長候補戦結果。残存耐久値判定により、挑戦者の勝利。
「っしゃぁ!」
喜びに腕を上げたモエギで、スミレも同じ姿勢だった。今日ここで、次の副会長候補が決定した瞬間だった。
「ふふっ……おめでとう」
副会長と会長も、まるで自分のことのように、嬉しそうに拍手をしてくれていた。歓迎してくれている姿勢に、スミレも嬉しくなったようだった。
「よく……攻撃が通ったな」
生徒会長の台詞にスミレも頷いた。ずっと霧状になっていた相手なのに、どこに攻撃を入れられる場所があったのか。
「いえ、副会長さんは、ずっと霧じゃなかったです」
「⁉」
モエギの台詞に会長もスミレも目を丸くした。
「……やっぱり、気づいていたんだ?」
副会長が言うと、モエギも大きく頷いた。つまり副会長の霧化は全身ではなく、攻撃の来るであろう箇所だけだったらしい。
霧に出した拳の角度を急に変えれば、霧になってない部位に当たる。何度も攻撃していく内に、モエギはそれに気が付いたのだとか。それだけでは凌ぎきられる可能性があったので、モエギは時間切れによる判定を狙ったのだという。
「やるね。是非キミには、これを守り抜いて欲しい」
微笑んだ副会長がモエギに手渡したのは、生徒会の腕章だった。これが次期役員である証であり、残り二十九日間これを守りきらないといけない。
自分の袖に腕章を通すと、モエギはその手でスミレを指差した。
「次はスミレ、お前の番だ」
スミレの胸が大きく高鳴った。尻込みしそうな気持ちはあったが、こうなった以上は自分も逃げる訳にはいかない。震える手を背中に隠し、スミレは大きく頷いた。
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