第十一話 『犠牲の魔女』③

「お前なんかと関わりたくない、近寄るな」


 『犠牲の魔女』の能力は、相手の命を奪ってそれを自分の魔力にすることができる。

 また、獲得できる魔力量は能力使用者と、『犠牲』の対象が深く関われば関わるほどに多くなる。


 この能力の家系は、一族の約束で決してその能力を使わなかった。それでも、この異質な能力は嫌悪された。家が貧乏なのも、そのせいで働く場所がなかったからだ。


「魔力を持たない魔女なんて、おかしいわ」


『犠牲の魔女』はその強力な能力の代償に、生まれた時から魔力を持たない。それ故に私は学校に通っていても気味悪がられ、友達もいなかった。


 周りの魔女と同じように魔法が使えず、空も飛べなければ簡単な呪文ですら使えなかった。魔法実践じっせんの授業ではいつものように何もできない。魔界の中で、私たちだけが『人間』だった。


 母は私がそんな扱いを受けていると知ってから、ごめんなさいと私に謝り続けていた。それは母が、『犠牲の魔女』で、私は母の能力を受け継いだからだった。



「あら、綺麗に髪が真っ黒ね! 顔立ちも凛々しくて素敵よ」


 私が高校生の時だった。長い茶髪を一つの三つ編みにまとめた少女が、私に話しかけてきたのだ。


「私の名前はディアナ、よろしくね」


 彼女はお金持ちで、学校で人気者だったから縁がないと思っていたが、高校二年生の時に同じクラスになった。彼女は好奇心が旺盛おうせいだったから、クラスで浮き続ける私に興味を持ったのだろう。


「ディアナ、そいつに関わると殺されるぞ! こっちに来いよ」

「あんたたちに興味はこれっぽっちもないのよ、べー!」


 感じの悪いクラスメイトに向かって、ディアナは舌を出して嫌味を言った。私は普段から彼らに感じていたイライラがそれで吹き飛んで、口に手を当てて笑った。


「あ、笑った~! サファイアちゃん、笑顔もとってもかわいいのね!」


 私のぼさぼさな長い髪を撫でながら、彼女は言った。彼女の笑顔は花のようで、私なんかの笑顔よりずっと可愛らしかった。

 その日家に帰ると、いつもは私の顔を見ると目を伏せる母が、笑顔で話しかけてきた。


「サファイア、学校で良い事でもあったの?」

「ん、どうして?」

「だって、あまりにも嬉しそうなんだもの」


 私より、母さんの方が嬉しそうだけど、と心の中で思った。その時は反抗期真っ只中だったけれど、母の笑顔を見ると反抗心や嫌悪感はなくなっていった。


 それから、私はより彼女と心を開いて話すようになった。仲良くなればなるほど彼女は私に過保護になっていき、家の生活費を援助したり、私を大豪邸だいごうていの自宅に泊まらせたりした。申し訳ないからと断っていたが、ディアナにいいからいいからと流されてされるがままだった。


 彼女の家には彼女の父と兄弟が六人ほどいたが、私の能力をディアナが隠していてくれたため、何も問題なく過ごせた。

 彼女と過ごす時間は、人生の中で一番楽しかった。


「あれ。ディアナ、髪を切ったの?」

「ええ、ちょっと邪魔だなーって思って! こんなに短くしたのは初めてよ!」

「すごく似合ってる、かわいい!」

「ふふ、ありがとう! サファイアも短い髪、きっと似合うわ! いつか見せてね」

「うん、約束!」


「今日はあなたの誕生日ね、サファイア! プレゼントを用意したのよ、開けてみて」

「これ、マフラー……! ディアナの魔力と同じ海碧色ね、とっても綺麗!」

「ふふ、誰よりも大切な親友のため、頑張っちゃった!」

「ありがとう、ずっと大切にするね」


 私にとって最初の、一番大切な友人。

彼女と過ごす日々が、この世で一番大切な宝物だった。


 高校を卒業して、必死に仕事を探して二年ほどか過酷な労働をした。勉学は得意だったため仕事はあったものの、休みはほとんどなく、一日に一時間も眠れない日が続いた。

 体は日に日に重くなっていき、高校生の時より体重が大幅に減った。


 それでも、家族のためにディアナが援助してくれた生活費を返すため、と考えればなんてことなかった。


 だが、二年前のある日のこと。突然ディアナに人気のない倉庫に呼ばれた。

 彼女の大きな家の裏庭にある、薄暗い場所だ。


「サファイア、私は」


 言葉を詰まらせる彼女の唇は少しだけ震えていた。どうしたの、と歩み寄り、顔を覗き込むと、彼女は顔を上げた。


「もうすぐ死んじゃうんだ」

「え?」

「私は『玩弄がんろうの魔女』。人の能力を操る能力なの。その代償は……短命」


 『玩弄の能力』も強力な能力故に、短命という代償があった。彼女の母親もこの代償によって、若くして亡くなったと彼女は話した。


「私はもう長くない。最悪、一カ月も持たないかもしれない。だから最後にお願いしたいことがあるの」

「な、なに? 私にできることなら、なんでもするよ」

「私に『犠牲の能力』を使って、魔力を手に入れて欲しい。あなたが少しでも、普通の魔女と同じように暮らせるように」

「そ、そんなことできない!」

「うん、あなたのことだからそう言うと思ってた」


 どこか嬉しそうな笑顔を向ける彼女。彼女が何をしようとしていたかなんて、私には見当もつかなかった。

 ディアナは目を見開く。彼女の三つ編みが激しく揺れ、海碧色の魔力が彼女に集う。しばらくして、彼女の顔に紋様が浮かび上がった。


「『犠牲の魔女』、その能力の実行権を剥奪はくだつした。私を犠牲の対象とし、膨大なる魔力を手にせよ」

「もしかして、『玩弄の能力』を使ったの!?」

「あなただってずっと望んでいたはずよ。他の魔女と同じように、能力や魔力のせいで気味悪がられることのない人生を」

「でも私は、ディアナがいればそんなの……!」


 彼女の言う通りだった。

 私は他の魔女と同じように暮らせたらどんなによかったかと、ずっと思っていた。彼女には分かっていたんだ。


「私はどっちにせよもう死んじゃうの。私の命を意味あるものにできるのは、きっとサファイアの能力だけだから」


 次の瞬間、ディアナの立つ地面から黒い煙のような物が湧き上がる。それは彼女の全身を覆い、彼女の体内に入っていった。ディアナは苦痛に顔を歪ませる。


「ぐ……っ!」


 彼女は普段の柔らかい声とは想像もつかないような低い声でうなっている。口を塞ぐことができないようで、言葉は言葉として聞き取れないほどにぐちゃぐちゃになっていく。


「ディアナ……!」


 私は彼女の名を呼んだ。どうしたらいいか分からなくて、ただただ彼女が苦しむ様子を見ていた。


―彼女を『犠牲』にすれば、力が手に入る。


 私は自分がこんな汚い人間だとは知らなかった。目の前で苦しむ親友より、自分のことが大切のようだ。

 自分の罪から逃げるように目を伏せる。彼女は刻々と死に近づいていく。


「笑顔もとっても可愛いのね!」


 ディアナは、一人だった私に手を差し伸べてくれた。


「誰より大切な親友だもの」


 私のことを、誰よりも大切にしてくれた。

 そんな人を、私は見殺しにするの?


「だめ!」


 記憶の中に残る、彼女の笑顔。

 自分の手でそれを失いたくない!


 顔を上げる。

 がくがくと痙攣けいれんし始める彼女。能力を止めようと必死にディアナの手を握って叫ぶ。


「魔力もみんなと同じ日々もいらない、もうディアナを苦しませないで!」


 すると、突然ディアナの力ががくんと抜けた。彼女は私にもたれかかるように倒れ、それを受け止める。


「良かった、能力が止まった!」


 安心して彼女を抱きしめようとしたが、掴んだのは空気だった。


「ディアナ……?」


 ディアナは消えていた。

 彼女だけではない。彼女の衣服でさえもその場からなくなっていた。


 残ったのはただ一つ。

 私が着けていた、かつて彼女がくれたマフラーだけだった。


 『犠牲』の能力が、発動されてしまったのだ。

 止めようとした時には手遅れだった。


 「後悔」なんて言葉では足りないほど、私は自分の選択を悔やんだ。

 途中で止められたかもしれないのに、自分の未熟さでこの世で一番大切なものをこの手で失った。


 そうして、私は膨大な魔力を手にしたんだ。

 魔力量は、私がディアナと過ごした日々に比例していた。


 私が、あの子と知り合ってしまったから。

 私が、何の努力もせずに弱さに甘えたから。

 私が、魔力なんて少しでも望んだから。


 そう思って、自分のことが嫌になって変えたんだ。口調も、髪型も、性格も。

 ちっぽけなことでも、強い自分に生まれ変わるためにと。


 そんなことをしても、罪や過去は消えないなんて分かっていたのに。


 でも、悪いのは私だけじゃないじゃないか。

 私はやれることは全てやった、努力したのだ。


 魔力を用いる授業以外では、常に学園トップだった。お呪い、魔獣に乗ることも。やれることは必死にやった。それでも世間は認めてくれなかった。



「全て、全て全てこの能力のせいだ」



 そう、こんな能力がなければ。

 私は最初から、普通の魔女と同じように生きることができたのに。


「……お前の能力は、いいな」

「私の能力は尊敬する母上から授かった。当たり前だ」

「そうだな。だから、だからこそねたましい、こんなにも、こんなにも……!」


 私がいつ望んでこんな能力で生まれた?

 こんな能力のせいで、私は苦しんで、苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで本当の私を受け入れてくれる唯一の親友でさえも失った。


 だが、母を責めることはできなかった。母もまた、私と同じように苦しんでいたからだ。私への罪悪感で、一人家で泣いていたからだ。


 やり場のない怒りが、二十六年間心の中でずっとうごめいていた。

 それが解放されてしまう。


 自分の身がどうなるかは分からない。けれど、もうどうなってもいいだろう?


「お前がこの上なく妬ましい、ライウェ」


 彼への激しい嫉妬心と、心の中に溜め込んだ怒りを解放していくと同時に、体中から魔力がドクドクと溢れ出す。

 魔力の色は変貌へんぼうし、いつしか海碧色から漆黒に染まっていた。


 溢れ出す魔力は、周りの生物をどろどろと溶かしていく。漆黒しっこくの魔力は虫も植物も、この地面でさえ存在を許さない。


「ライウェいけない、今すぐ離れて!」


 ミィナの叫ぶ声が聞こえる。でもどうだっていい。彼女にとっても私はただの殺人鬼でしかない。

 次第に、私の体は漆黒の魔力に覆われていく。漆黒に包まれて、私は悟った。


―これが魔力の暴走……またの名を、魔女の堕落ついらく

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