第十話 『犠牲の魔女』②

「答えろ、『拘束の魔女』……ユクはどこにいる」

「『拘束の魔女』なら魔界に帰っていったわ! その後のことは知らない!」

「嘘を吐くな、彼は魔界に帰ってこなかった!」

「あ、あ……」


 チェルッソの魔力反応を辿たどって上空から様子を見ると、ミィナがサナエの前にかばうように手を広げて立っていた。サナエは震えて腰が抜けている。人気のない場所にいるため、周りに人は一人もいないようだ。


「では質問を変えよう、『救済の魔女』はどこだ?」

「知らない!」

「そうか。子ども相手になのは気が引けるが……これは魔界の存続に関わる」


 そう言って、ミィナの前に立つ長髪の男はレイピアを取り出し、彼女の細い首元にあてがった。ミィナはそれでもひるまず男の前に立っている。


「その武器を下ろせ、『救済の魔女』のことなら私が知っている」


 箒から飛び降りて男の後ろに立ち、銃のような形にした手を頭に突き付ける。すると、男はゆっくりとこちらを向いた。

 その男は綺麗な顔立ちで、御曹司おんぞうしの音楽家のような服装だ。年齢は『拘束の魔女』と同じで三十代くらいに見える。


「なるほど、では聞かせてもらおう」

「『救済の魔女』はエルカビダの境界にいるようだ。私はまだ会ったことがないが、教会には白い髪の魔女もいた。彼女が番をしているようだ」

「白い髪の魔女……シヴァニか。ではユクもあいつに……」


 彼には何かあの少女に思い当たる節があるようだ。かなり動揺していて、その表情からは怒りも感じられた。


「すまない、君たちには怖い思いをさせてしまった。私はライウェ、魔女騎士団の者だ」


 そう言って彼はレイピアをミィナの首元から下ろした。緩くわれた長い髪を整え、謝罪の礼をする。その瞬間サナエは安心して、良かったぁ~とミィナを抱きしめた。


「あたしが守ってあげれなくてごめんなさいッス~!」

「大丈夫だよ、サナエ。その気持ちだけでじゅーぶん!」

「サファイアさんもありがとうございますッス~! サファイアさんがいなかったら、危なかったッス」


 彼は私の名を知った途端に、声色を変える。


「サファイア?」


 ドクン、と心臓が大きく脈打った。


 この先に何が起こるか予測してしまい、頭が真っ白になっていく。

 彼は魔女騎士団の者、当然私を知っていたんだ。それに、魔女騎士団の者は正義感が強い者が多い。


―過去を捨てて生きていくことはできない。


 そんな言葉が頭をよぎる。


 うるさい、うるさい。

 私は罪を償うために頑張っていたんだ。

 あれから、今の瞬間までずっと。

 やめてくれ。


 前方から振られたレイピアの刃を咄嗟とっさに避ける。しかし、反応が遅れたようで腕に切り傷ができてしまった。


「昔とあまりに姿が違っていたから分からなかった。……間違いない」

「サ、サファイアさんに何するんスか⁉」

「そうだよ! サファイアは」

「君たちは下がっていてくれ」


 ライウェと名乗る男は先程とは逆に、ミィナとサナエを庇うように立っている。あまりの真剣な眼差まなざしに、二人は首を傾げる。冷汗が背中を伝った。


「そ、それ以上は、言うな、やめろ! 頼む、二人には聞かせないでくれ!」


 制止する私を無視して、ライウェは私の罪を告げた。


「サファイアは魔力を欲したために、親友の魔女を『犠牲』にした殺人犯だ」


 思いもよらないライウェの言葉に、後ろにいる二人は言葉を失っている。ライウェはそんな二人に丁寧に説明した。


「サファイアの能力は、自分と深く関わった魔女の命を奪うことで、自分に魔力を取り込むことができる。君たちは彼女に命を狙われていたんだ」

「嘘、ッスよね、サファイアさん……?」

「嘘じゃ、ない……わたしも新聞で見たことがあるの。本当に同一人物だとは思えないけど、膨大な魔力を持つ理由も、能力を隠していた理由もハッキリするもん。サファイアは……」



「『犠牲の魔女』」



 ああ。

 その名で呼ばれたのはいつ以来だったか。

 私から大切なものを奪っていった、憎むべき能力。


全てが崩れていく感覚に襲われた。サナエの視線には恐怖が、ミィナの視線には強い敵意が感じられる。胸が張り裂けそうなほど痛む。


 当たり前だ。きっと彼女達は私が「能力を使うために」一緒にいたのだと思っている。そして、私にはそうではないことを証明する術はない。

 気力を失い、その場に座り込む。ミィナもサナエも私を許してはくれないのだろう。


 そんなこと分かっている、罪の重さなんて自分が一番分かっているんだ。


「私はお前を捕らえてからエルカビダに行くとしよう」


 レイピアが私に向けられる。それが振り下ろされると、キィンと耳を劈く轟音ごうおんが響いた。それと同時に、激しく強い風が向かってきた。


「ごふっ……」


 風は、私の腹部に鋭く突き刺さる。

 いや、これはただの風じゃない。きっと彼の『能力』により、斬撃と化した魔力弾……


「命中したな。私の『高音』だ、鋭く的確にお前の腹を切り裂いた」


 見ると、腹部から血が流れていた。鋭い痛みが走り、口から血が出る。

 痛い。

 苦しい。


―どうして、私がこんな目に遭うの?


 その言葉が頭の中に浮かんだ途端、私の頭は真っ黒な感情で埋め尽くされる。


「私はあの子を失うまで……十八年もの月日を真っ当に生きた。でも私はその間もずっとみ嫌われていたんだ」


 どうして私がこんな目に?

 どうして大切な親友を殺さなければならなかった?

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