第八話 『爆弾の魔女』②
あたしたちの周りは森が
湖は
「これがわたしの能力、わたしの世界」
「その歳でこんな上等に能力が使えるのか……! ミィナは凄いな」
「す、すごいッスね……!」
「そういえばミィナ、いつも持っている本が開きっぱなしだな」
ふと、サファイアさんが床に置かれた大きな本を指差した。
「うん! この本を閉じることは物語の終わり……コユウケッカイが壊れてしまうの。気を付けてね」
彼女の能力は『物語の魔女』という名に
自分の世界を作り上げるなんて、ロマンチックで夢のような能力だ。
「でも、現実の時間はここにいても普通に流れているよ。時間を忘れないようにね」
「それなら感心している場合じゃないな。さぁ、魔術の訓練を始めよう」
「ここでッスか!?」
サファイアさんはこくりと頷く。
確かに人目も気にならず、魔女の被害がないこの場所は最適かもしれない。
そうして、二日目の魔術訓練は始まった。
「集中……集中して……っ!」
「……」
何時間経ってもやはり魔力は出てこず、あたしは次第にイライラするようになっていった。そんなあたしを見て、サファイアさんは私に問いかけた。
「……サナエ、本当に魔界に帰りたいか?」
ドキリとした。
あたしの心を見透かしているのだろうか。本当に思っている事を隠すため、精いっぱい笑いかける。
「え、そりゃ帰りたいッスよ~」
「下手くそ」
「へ!?」
「嘘吐くの、慣れてないだろ」
サファイアさんの言う通りだった。あたしは嘘が嫌いで、今までだって嘘を吐いたことは全くなかったのだ。
「悩みなら聞く。相談されるのには慣れていないが、一人で抱えるよりマシだろう」
彼女の優しい声が、心の鍵を解いていく。
いいのかな。
馬鹿に、されないかな。
「馬鹿にはしない。お前がそれほど真剣に悩んでいることなんだろう」
「サファイアさん、エスパーッスか?」
「こんな時お前が何を考えるかくらい分かる」
「実は……」
反抗期、というものだろうか。
最近あんなに優しくしてくれた、あたしをここまで育ててくれたママ、パパ、ツキにも腹が立って仕方ない。
家族が嫌いというわけではなく、ただやけに発言一つ一つが頭に不快感を残していく。
それに耐えきれなくて、あたしは家族に怒鳴りつけたりした。
親に感謝しなければいけないなんて分かっている。
あたしが最低なことをしているなんて分かっている。
むしろ理解しているからこそ、大好きだったはずの自分のことが嫌になったんだ。
そんな時、ゲートに行きついた。
「逃げ出しちゃおうよ」
そうゲートはあたしに語り掛けていた。この生活が少しでも楽になると思った。
そして立ち入り禁止の表示も、私を止める魔女騎士団の団員さんのことも無視して、あたしはゲートに飛び込んだ。
「ほんと、最初はここが人間界ってことを知らなくて、なんか魔界より時代遅れだし、スマホも繋がらないし……怖かったんスけど。ミィナちゃんとサファイアさん、マクスおじさんに出会って、ここがすごく居心地よく感じちゃって」
少しだけ笑って誤魔化した後、まるで
「あたしはこの世界で現実逃避してるんス。ダメだって分かってるけど、この世界は嫌な事全部を忘れられる場所なんスよ……」
話し終えるまで、サファイアさんは静かに話を聞いてくれた。
あたしは気が緩むとすぐ涙が
「私にもあったよ、反抗期」
「え、ほんとッスか!?」
意外だ。
こんなにモデル体型でクールな人にも、あたしと同じようになったことがあるなんて。
「誰にでもある。むしろあった方がいいんだ。立派に成長できる時期だからな」
「そうなんスか……」
「誰にでもあるからって、大した悩みじゃないってことじゃないからな。成長に必要な苦しみや努力は人によって違う。サナエは家族が大好きだから、その分苦しみが大きいんだろう」
サファイアさんの言葉は一つ一つ暖かかった。
こんなにも真剣に、あたしの心情までも考えてくれることがとても嬉しい。
「自分が魔界に帰らなきゃいけないとは思っているんだな」
「もちろんッス、でも今はまだ、帰りたくないッス……」
「そうか。なら焦る事はない。人間界でゆっくり自分と向き合うといい」
そう言いながら、サファイアさんはあたしの頭を撫でる。
普段の彼女からは想像もつかないほど、優しい手。
サファイアさんに悩みを打ち明けて良かったと、心から思った。
ゆっくり、焦らないで、自分の気持ちと向き合っていこう。
そしたら、きっと前より成長したあたしで、魔界に帰れるかもしれないから。
「誰かの相談に乗ったのなんて何年ぶりだろうな」
サファイアさんはそう言って微笑んだ。彼女の視線はどこか遠くを見ている。何かを懐かしんで、寂しがっているようだ。
彼女は不意に首に巻かれたマフラーを掴み、辛そうに眉をひそめた。あたしはサファイアさんのことを知らないから、何に苦しんでいるのかが分からない。
何が苦しいんスか、と口を開こうとしたその時。
「ステキね!」
背後から急に声が聞こえて、ビクッと肩が
サファイアさんも驚いたようだ。大きく声や行動には表さないものの、目を見開いている。
「ミィナちゃん! 聞いてたんスか!?」
「ううん、何も聞いてないよ。でも二人が仲良くしてるの、とってもステキ!」
「気配もなく近づくな、びっくりした……」
「えへへ。わたし、仕事から帰ってきたおとうさんを驚かすことが得意だったの! だから二人のことも脅かしてやろうと思って!」
そういえば、ミィナちゃんは人間界にかなり前からいたと聞いた。
それなら、彼女の家族は魔界にいるのではないだろうか。
飛行はできるはずなのに、どうして魔界に帰ろうとしないのだろう?
「そういえば、今何時くらいなんだ?」
「お昼くらいね、わたし少しお腹がすいちゃったわ!」
「えぇ!? もうそんな時間なんスか!」
「二人共、今日からしばらく訓練は休もう。私は急用ができてしまった」
「サファイア、忙しいのね!」
ああ、とミィナちゃんに返事して、サファイアさんはあたしに耳打ちをする。
「決心ができたら、ルーデンベルクの時計塔の下に来てくれ。今から『救済の魔女』について調べてくる。それまでここでミィナと遊ぶといい」
「は、はいッス!」
サファイアさんはそう言って、森の中に歩いていく。
それを、ミィナちゃんが呼び止めた。
「サファイア、ここから出るにはわたしが物語を終わらせないといけないよ?」
「あっ」
「もしかして忘れてたんスか?」
「う、うるさいな! 私にもミスはあるんだ!」
いつもクールな彼女が、口を大きく開けて
台所から個室までの廊下を歩く。
手にはティーポットと二つのコップを乗せたトレイ。
ふと
個室の扉を開くと、そこにはベッドですやすやと穏やかに眠る私の子どもたちと、それを見守るギアス様の姿があった。
「ギアス様、お茶を淹れてきました」
「礼を言う。……いつものとは香りが違うな」
「ええ、新しく仕入れた茶葉ですわ。二人の世話でお疲れでしょうから、疲労回復の効能があるものをいただきました」
彼の近くにある、アンティークなテーブルの上に紅茶を置く。私がギアス様に向かい合うように座ると、彼は目を閉じて紅茶を
最初に感じられたのはほのかな甘み。だがいつしかそれは酸味に変わった。不思議な味だが、身体が温まる素晴らしい紅茶だ。感動しながらそれを
「シヴァニ、今日のゲートの様子を聞かせてほしい」
報告の時間だ。
私はゲートが現れてから小さい子どもたちを彼に任せて、ゲートと魔女たちの監視をしていた。
「今日は何もありませんでしたわ」
「魔女たちの様子はどうだった」
「彼女たちは『爆弾の魔女』の世話を焼いていました。きっと心優しいのでしょうね」
「そうか。では明日からも監視を頼む」
「分かりました」
「改めて言っておくが、彼女たちは魔界の最後の希望だ。くれぐれも殺すなよ」
彼の口調はいつだって単調で機械的だが、この言葉を言う時の口調はとても
彼にとって私は唯一の仲間であり、そして大きな問題でもある。
私は先の幸せを想像しながら、視線を手元に落として口角を上げた。
「ふふ、大丈夫ですよ」
そう言って、また一口鮮やかな
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