第七話 『爆弾の魔女』①
朝早くに目が覚めて、ソファが降り冷たい地面に足をつける。
重たい体を引きずって、階段を降りていく。
リビングに繋がるドアを開けると、テーブルの上には二人分の朝食が用意されていた。
「おはよう、サナエ。今日は早起きなのね!」
「はは、今日は雨かな?」
「もーやだなぁ、今日はバリバリ晴れッスよ~!」
マクスおじさんは大きく出たお腹にふさふさのお髭の、優しいおじさんだ。
優しいくせに、あたしのことをこれでもかというくらいからかってくる。
今はあたしたちのためにご飯を作ってくれているようだ。
ミィナちゃんは部屋の隅で本のページをめくっていた。
彼女は、大きな丸い眼鏡をかけていた。なんだか、大人が付けるようなものというか……少なくとも、ミィナちゃんには少し不似合いというか、そんな感じがする。
彼女はいつも通り
彼女の手にある本の題名は、漢字が難しくて読めなかった。
「サナエ、サファイアの『能力』のこと知らない?」
突然、彼女が小さな声で私に質問してきた。
あまりにも急だったので戸惑うが、必死に思い出す。
「そういえば……あたしと戦った時も能力は使ってなかったッスね。全部魔力でどうにかされたッスから。というか、ミィナちゃんも知らないんスね」
「うん。サファイアは常人の何倍もの魔力量を持っている……『能力』を使う必要がないのか、使えないのか……」
そう独り言を言う時の彼女は、小さな子どもとは思えないほど
その次の瞬間、ぎゅるるるとお腹の音が鳴る。紛れもなくあたしのお腹からだ。
あたしのお腹のケーワイめ……ッ!
ミィナちゃんははっとして、笑顔に戻る。
「えへへ、お腹が空いたね!」
「そ、そうッスね」
「もうちょっとしたらできるから、椅子に座って待っていてくれ」
赤くなった顔を隠すことも忘れるくらい焦り、どすんと大きな音を立てて椅子に座る。
一方ミィナちゃんはお
「できたぞ~」
「わぁ、美味しそう!」
マクスさんが、色とりどりの料理を食卓に並べる。どれも美味しそうだ。
「よし、じゃあわしは仕事に行ってくる」
「はーい!」
「あれっ、今日は早いんスね」
「ああ、何かと忙しくてな。ミィナの面倒をちゃんと見るんだぞ」
「任せてくださいッス!」
マクスおじさんは柔らかい笑顔を向けた後、家を出て行った。
「あたしは魔界でも姉ちゃんやってたんスから、そんなの楽勝……ぶっ!」
トマトスープを口に含むと、あまりの熱さにむせてしまった。
あたしは猫舌だ。
熱い物は苦手だと自分でも分かっているのに、無警戒でトマトスープの攻撃をくらってしまった。
ふー、ふーと冷ましながらゆっくりと食べていたミィナちゃんは手を止め、心配そうな顔をしている。全く、これではどちらが年上か分からない。
「だ、大丈夫?トマトスープ、熱いから気を付けてね」
「もうちょっと早く言って欲しかったッス……ごほっ」
水を一気飲みして、今度はきちんとトマトスープを冷ます。湯気が出ていないことを確認して口に運ぶ。
「美味しい!これなら、トマト嫌いのツキも食べれるかもッス!」
「ツキ……サナエのオトウトのことね!」
「帰る前におじさんに作り方を教えてもらうッス、あいつにトマトのすばらしさを思い知らすッス!」
「サナエはツキのこと、好き?」
「たまに喧嘩することもあるッス。あたしより年下なのに生意気だし、お母さんを盾にあたしに歯向かううざいやつッス!」
この前もあたしのアイス勝手に食べて、「お姉ちゃんが冷蔵庫に置いてるのが悪い~」なんて言い訳をして。思い出すだけで腹が立つ。でも……
「あいつがいたから今まで寂しくなかったんス。喧嘩はするけど、本当は大好きッス」
「ステキだね」
ミィナちゃんがにっこりとした笑顔を浮かべた。
そして一呼吸ついた後に、ゆっくりと語り始めた。
まるで、遠い記憶のことを話すように。
「わたしにもオトウトがいるの。ミルって言うんだけどね、ミルの笑顔でおかあさんも、おとうさんも幸せそうな顔をするの。わたしたちみんなの、幸せそのもの……」
ふと、ミィナちゃんの瞼がぴくりと動いた。何故か分からないが、背中に電気が走るような感覚がした。
「……そしてそれは、わたしの生きる意味」
スプーンを置いた彼女につられて、ご飯を食べる手が止まる。まるで
まるで先ほど話していた少女とは別の人が、強い意志を抱いてそこにいるようだった。
カチッ。
「あ、もうこんな時間ね! 急ごう!」
彼女が口調を明るくして時計を指さすと、金縛りは一瞬で解けてしまった。
今のは一体何だったのだろう。
「サナエ、大丈夫?」
「は、はいッス!」
心配そうにあたしを見るミィナちゃんはいつもの元気で優しいミィナちゃんだ。
今のはきっとあたしの気のせいだ。
あたしは大丈夫だと何回も自己暗示して、朝ご飯を食べ終える。
そして、誰とも繋がらないスマホを持ち、すぐ彼女とともに外に出た。
歩きながらミィナちゃんと何気ない話をしていると、不安や恐怖は徐々に忘れていった。
この街チェルッソは商人たちが取引をする場として名が高く、人が多いらしい。朝早くから忙しそうな大人たちにもまれながら、前に進む。
体の小さいミィナちゃんは、大人たちの間をするすると抜けていく。
「ミィナちゃんっ、ちょっと待ってッス!」
このままじゃ迷子になると思い、ミィナちゃんに手を伸ばす。だがもうその手も届かないくらい離れてしまった。人を押しのけて彼女を追いかける。
「このガキ!」
男の人を押しのけようとした時、逆にあたしは押し返される。バランスを崩して足がふらついた。
転ぶ……っ!
「危ないな」
素早く誰かがあたしを抱きとめて体を支える。ミントのような香りがふわりと私を包んだ。
顔を上げるとそこにいたのは……
「サ、サファイアさん!?」
「お前はそこの路地裏で待っていろ。人が多いと不便だ」
そう言うと、サファイアさんは長いマフラーをなびかせて、ミィナちゃんの場所へ向かった。あたしは言われた通りに狭い路地裏に入った。
その後すぐ、ミィナちゃんを連れたサファイアさんが帰ってきた。
「二人とも、いいか」
そう言って、サファイアさんはあたしたちを横に並ばせた。サファイアさんはふう、と息をついて、あたしの手を指さして言った。
「まずサナエ、人通りが多いところでは必ず手を繋ぐように言うこと!」
「は、はいッス……」
「そしてミィナ、サナエを置いて前を突っ走らない!」
「は、はい……」
「はぁ、たまたま迎えに来てよかったな」
「サファイアさん、あたしたちの居場所分かってたんスか? あの人混みの中探すの大変だったと思うんスけど」
「そうだな、二人の場所は把握していた。二人の魔力を感じ取ってな」
「魔力を感じ取った!? すごいね、サファイア!」
「そんなすごいんスか?」
「うん、
「い、いやそんな
サファイアさんはちょっと照れくさそうにした。褒められることに慣れていないのだろうか。
「そうだ、サナエ。今日からは別の場所で魔力を使う練習をしよう」
「え、どうしてッスか?」
「あの場所は魔女が降りてきて危ない。昨日お前の力を借りてしまった私が言う権利はないだろうが、お前を危険に晒したくない」
サファイアさんは真剣な目をしている。昨日の戦いでミィナちゃんとあたしが危険な目に遭ったことに対して引け目を感じているのかもしれない。
あたしにとって、安全に人間界で過ごせるのは嬉しい事だ。
「それと……私は『救済の魔女』の居場所に心当たりがある。
「な、なんかすみません……。でもあたしを魔界に帰す前に捜索に行ってもいいんスよ?」
そう言うと、サファイアさんはあたしの肩を掴んで言った。
「何が何でもお前を魔界に帰すのが先だ。魔界ではお前の帰りを息が詰まるような思いをしながら待っている人がいるからな」
「そ、そんなことっ……」
そう言いかけるが、言葉を飲み込む。その後すぐ、あたしは笑顔に戻って言った。
「そ、そうッスね」
ミィナちゃんはそんなあたしを、不思議そうに見ていた。
「ミィナ、お前に聞きたいことがあったんだ」
「なぁに?」
「『物語の魔女』の能力だ。昔聞いたことがあってな、固有結界を展開する能力だったな? それは今使えるか?」
「コ、コユウケッカイ……?」
聞き慣れない単語に首を
「サファイアったら、それを教えたらあなたの能力も教えてくれるの?」
彼女の表情は、大きなとんがり帽子に隠れて見えなかった。サファイアさんはミィナちゃんの問いかけに対して
だが彼女は
「……私に能力、二つ名はない。その代わりに魔力に
そんな魔女がいるなんて聞いたこともない。きっとサファイアさんが言っているのは嘘なのだろう。だが、そのことを深く聞けるような雰囲気ではなかった。
「いじわるしてごめんなさい。ちょっと気になちゃって」
サファイアさんの言葉を聞いたミィナちゃんは手を合わせて謝る。そして、彼女は手に持っている大きな本を開いた。
「わたしは物語を
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