第六話 『拘束の魔女』③

「縛られた人生は楽しいか?」


 そう聞かれたことがある。

 確か、魔女騎士団の副団長の言葉だ。

 僕は心の中で、こう返した。


「楽しくない。けれど……苦しくもないよ」


 僕は自由が嫌いだ。

 自由に生きるということは、自分の欲のまま生きるということ。

 生き物の欲は怖いものだ。

 理性はあるのに、すぐ自分の欲に飲み込まれる。

 それで人生を破綻させた男の伝記を読んだ。その話が、怖くてたまらなかった。


 僕は絶対にそんな風にはなりたくなかった。


 口を縛った。腕を縛った。足を縛った。

 それでも気を抜くと動こうとする自分がいて、怖くて堪らなくて。

 縛れる場所を全て縛った。

 その結果、僕は自分の能力を使わないとほとんど動けなくなった。

 だが、まだ僕の恐怖はなくならなかった。


 僕は責任というものも嫌いだった。

 悪意のない失敗をしてしまったとき、「どうしてそんなことをした」と言われたことが大きな傷だった。

 だから僕は、選択や人生も縛られたいと望んだ。


そんな僕に両親は、僕の能力なら役に立てるだろうと魔女騎士団への入団を勧めてくれた。

 僕は勿論その通りにした。

魔女騎士団はすべきことを全て命令してくれる。

僕はただそれを遂行すればいいだけ。

生きることがとても楽になった。


 だが十年前のある日、僕の人生は歪んだ。

僕が、重い罪を背負った日。

初めて、任務に失敗した日。


 僕はその時から……『災厄』が生きていることを知っていた。


 だがそれを言うのは任務じゃない、そう思い込むことで罪悪感を押し殺していた。

 僕は、魔女騎士団の裏切り者のようなものだ。


その日のことを忘れたくて忘れたくて、積極的に自分から任務を受けるようになった。

 だが十年経った今でも、心の傷を生んだ、あの目を忘れられない。


「あなたを、ぜったいにゆるさない……!」


 本来の色を失くした白目は黒く染まり、その中に真っ赤に染まった瞳が僕を見ていた。


 そんな僕に、再び重大な任務が課せられた。


「私はお前の実力を理解している。今回の任務は重大だ、頼んだぞ」


 団長から直々に下された、『救済の魔女』の情報を聞き出すという任務。

 僕に立ち向かってきたのは、膨大な魔力を持った魔女と、『爆弾の魔女』。そして、あの日出会ったまま姿を変えないあの魔女。

 動揺を隠し、余計な感情を生まないようにして全力で戦った。勝機はあったのだが、『爆弾の魔女』の爆弾による錯乱で敗れてしまった。


 重大な任務を失敗した。

 少女がいたせいもあり、「あの日」のことがはっきりと思い出される。

 胸が苦しく、息もまともにできなくなっていた。


「また任務を失敗してしまったのね、ユク」

「!」


 ふらふらと魔界に帰ると、そこにいたのは『呪術の魔女』。

 昔から何かと僕の世話を焼いてくれた上、かつて僕の命を救ってくれた母親のような人だ。

 彼女は不敵な笑みを絶やさずに、ゲートの縁に立っていた。彼女は僕の体をふわりと抱きしめ、そっと頭を撫でる。


「辛かったでしょう、罪悪感に襲われながら任務をこなそうとして、それすら失敗して」


 彼女は表情とは反対に、優しい声色でそう囁く。

 彼女は『災厄』を守る存在で、魔女騎士団の敵だ。彼女につけば、僕は今度こそ本当に魔女騎士団を裏切ることになる。


「私の元に来れば、その罪悪感も何もかも楽になるわ。あなたの罪を許してあげられるもの……そう、それができるのは私と私の仲間だけ」


 その言葉は温かく、僕の心を溶かしていく。

 こんな辛い思いを、もうしなくていいのなら。

 

 僕にとっては拷問のような温かさに、長年罪悪感に苛まれた体は抗えず、彼女に何もかも委ねる。

そのとき、くすっという笑みを聞いて初めて、自分が魔女騎士団を裏切ってしまったのだと自覚した。


 もう戻れない。

 僕は裏切り者として生きていく。


 全ては、「あの日」の任務を終えるために。

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