第五話 『拘束の魔女』②

 上空でミィナとサナエが両手首を鎖で縛られて吊るされている。

 ミィナは手にあった大きな本を開こうとしていたが、地面に落としてしまったようだ。

 二人は必死にもがいているが、その鎖は緩まるどころか、更に二人の体を固く縛り上げた。


 その先にあるのはくわの実色の魔法陣。ミィナとサナエの手足に繋がれている鎖は合わせて四つ。

そして、鎖一本ごとに一つの魔法陣が展開されている。


 これは間違いなく青年の能力。彼は手も足も使わずに、魔法陣から出現させた鎖を操ることができるのだ。箒を手にして飛び上がる。ミィナの言う通り、一本の鎖が私の足を縛ろうと動いていた。


「私たちは本当に何も知らない! 特にサナエは昨日魔界から来たばかりの一般人だ、離せ!」


 鎖から逃げながら青年に訴える。

 すると、彼は黙ったままサナエに視線を向けた。彼はマスクのせいで話せないようだ。


「……」

「ぐへぇ」

「きゃっ!」


 二人を縛る鎖が突然消えて、彼女たちが地面に落ちる。

 良かった、彼は私の話を信じてくれたのだ。

 そう、油断した。


「ミィナちゃんっ!」


 サナエの呼びかけで気づく。

 ミィナの背後で展開される魔法陣。


「捕まるわけにはいかない、絶対に今度こそ……!」


 狙われていることに気付いた彼女は、先程落とした彼女の本に向かって走っている。

 ついに魔法陣から鎖が伸びてきた。


「ミィナ、逃げろ!」


 私は魔力弾を作り出し、鎖に向かって撃つ。

 鎖に命中したもののそれは一瞬軌道きどうが狂っただけで、再びミィナを襲った。

 彼女は本を手にする前に足を捕らえられ、地面に倒れる。鎖がうねって、小さな体が宙に浮いた。その後ろからもう一本の鎖が現れ、それは彼女の細い腕を強く縛っていく。


「い、たい……っ」


 鎖がミィナの体を蝕む。

 先程より強い痛みを与えられた彼女の顔は歪んだ。

 

「私たちは何も知らないと言っているんだ、早くミィナを離せ!」


 私は溢れ出る怒りを抑えられず、少年を睨みつける。

 青年はミィナに向けていた視線をゆっくり私に向けた。


 そのとき、私は気づいた。

 こちらを見続けている彼の目に、光がない。全てに疲れ切っているかのような、絶望しているかのような表情だ。


 僅かでも生気はあるのに、人形のように虚ろな目はどこか不気味だった。


 後ろから魔力の気配を感じとる。彼の目を見てから気付いてはいたが、全く私の話を聞く気はないようだ。

 『魔法陣から引き出される鎖を操る能力』、彼の二つ名は『拘束の魔女』。


「……上等だ」

「サファイア、魔法陣だよ!」


 ミィナの言う通り、魔力の気配は魔法陣。

 後ろを振り返ると、魔法陣から伸びる一本の鎖がこちらに伸びてきていた。この速度だと私はすぐに追いつかれてしまう。


 箒に力を込め、鎖から逃げる。限界まで速度を上げても、鎖は私に近づいてきている。

 このままではまずいと、箒は走らせたままで指に魔力を集中させていく。一秒、二秒。集中させればさせるほど、魔力弾は大きく強くなっていった。


「今だ!」


 鎖が限界まで迫ると、それを放つ。

 魔力弾に当たった鎖はキン、という音を立てて跳ね返る。


「この隙に本体を叩けば……!」


 鎖で縛られるなら、得意の防御魔術は使っても意味がない。

 そして一度縛られればまともに魔力弾も扱えないように縛り上げられるのだろう。

 その前に相手を仕留めなければならない。鎖は丈夫で破壊ができないことが今までの攻撃ではっきりとした。

 

 私がここでやられてしまえば、二人の命が危ない。


 ぐっと箒を握り魔力を込め、全速力を出す。

 先程弾いた鎖が復活したようだ。私に向かって伸びてきている。『拘束の魔女』は拘束具のせいか身動きができない。私の攻撃を逃げることはできないはずだ。

 あと、あともう少しで届く。

 だが、背中に感じる鎖の気配も段々と近づいてきていた。



「は、速いッス!あれなら鎖に捕まる前にサファイアさんの攻撃が先に届く!」

 

 間合いに入った。


 鎖はまだ私に追いついていない、大丈夫だ。

 少年に飛び掛かり、拳を振るう。

 

「なっ……!」


 だが、その攻撃はあと少しというところで当たらなかった。


 拳の一寸先の少年を見ると、彼の首輪に鎖が巻き付いている。

 その先はやはり魔法陣。

 私の攻撃を受ける直前で首輪に鎖を縛り、能力を使って自身を動かしたのだ。


 私は箒から落下しかけたが、間一髪で箒の柄を掴んでぶら下がる。

 

 後ろを見れば鎖が目の前にまで迫っていた。

 一度腕を縛られれば確実に私の負けだ。


 間一髪で魔力弾を撃ち込み、鎖を弾く。

 その間に箒に乗り直すが、鎖はしつこく私を追い続ける。


 だが鎖の軌道が読めてきた。一本であれば魔力を使わずとも避けることができる。

 この隙に、と思考を張り巡らせながら鎖をかわす。


「はぁ、はぁ……」


 慣れていない魔法の連続使用は体力をどんどん奪っていく。

 息は切れ、汗が体中から噴き出す。

 魔力弾は作れてあと四つほどだろうか……どちらにせよ、箒の動きを最大まで速くするほどの魔力は残っていない。つまり先程の戦法はもう使えないのだ。

 だがあいつを仕留めるにはまず距離を詰める必要がある。


 まだ気付いていない弱点があるかもしれないと、『拘束の魔女』に視線を向けた。

 

 すると、バチリと目が合った。


 少し驚いて目を伏せ、後ろから追いかけてくる鎖を躱し、別の場所からもう一度彼を見る。

 再び目が合った。


 彼は私のことを目で追っている。

 そういえば、ミィナを捕らえる時も彼女のことを見ていた。


 鎖を動かすには、標的を目で追う必要があるのだろうか?

 もしそうなら、彼女の能力が有効なはずだ!


「サファイア、二個目の魔法陣が!」

「なっ……!」


 一本の鎖から逃げる私の前に、挟み撃ちと言わんばかりに魔法陣が展開される。二本の鎖に追われては数秒もしないうちに捕まえられるだろう。


 こうなれば正確さを求めてはいられない。

 見出した一つの可能性を、私は信じる……!


「サナエ!」

「は、はいぃっ⁉」

硝煙しょうえん爆弾を私にできるだけたくさん投げろ!」

「えぇ⁉」

「!」


 『拘束の魔女』は視線をサナエに向ける。


「そっちに視線を向けていいのか⁉鎖が動かない間に私がお前に攻撃するぞ?」


 そう言うと、彼はハッとこちらに視線を戻した。サナエがあたふたしているのを横目に、私は引き続き二本の鎖から逃げ続ける。

 だが、長時間避け続けるのは流石に無理があった。

 一発、二発と魔力弾を撃ちながら逃げる。もう体力が底を尽く。


「もうもたない、サナエ!」

「えっ、えっ……⁉︎」


 一本の鎖を横に躱すが、その瞬間に目眩が襲う。

 魔力使用で体力が消耗しているのだ。

 私の体はもう悲鳴を上げている。バランスを崩しそうになった隙を狙って、もう一本の鎖が私に迫った。


「サファイアさんにぃぃぃっ、SMプレイなんてさせないッスーーー!」


 サナエは助走をつけて、大きく腕を振って球体を五つほど投げてきた。

 彼女の球体は上空にいる私に届き、その場で大きな煙になる。


「よくやった、サナエ!」


 鎖は私のすぐ隣を素通りしていった。

 それからも狙いが定まらず、私から離れた場所を狙って暴走している。


 やはり彼は標的を見なければ追いかけることができない。

 鎖は相手を自動追尾しない!


 出せるだけの速さで煙を抜け、『拘束の魔女』の元へと向かう。

 背中にはまだ鎖の気配も魔法陣の気配もない。


 ―今がチャンスだ!


ある程度距離が縮まったところで、ようやく『拘束の魔女』は私を見つけ、自分の首に繋がった鎖を動かそうとした。


「逃がさない」


 その前に鎖を掴んで引き留める。

 すると、ぐらっと彼の首が揺れ、苦しそうに息を漏らす。

 私が拳を構えると、彼の虚ろな目が大きく見開かれた。

 桑の実色の魔力が集まる。それは彼の前方の身体を守るように、円形に集まった。

 彼の防御魔法だ。


「弱い」


 私はその防御魔法に、真っ向勝負をした。

 魔力をまとった右手を力強く叩きつける。


「!」


 防御魔法は一瞬で砕け、私の拳は彼の胴体に近づく。

 しかし、その直前で拳を止める。


「勝てないことは分かったな? さっさと自分の居場所に帰れ」


 魔力を纏った私の拳は、生身の相手だと体を貫いてしまう。

 私は他人の命を奪うような真似はしたくない。

 『拘束の魔女』を睨むと、彼は眉間にしわを寄せた。


 それは、悔しいというより……苦しさのように感じられた。


 彼は何も言わずに一度全ての魔法陣を解除し、頭上に新たな魔法陣を作り出す。そして器用に鎖を用いた飛行魔法で魔界に戻っていった。




「サファイアさ~ん!」


 地上に降りると、サナエが私に抱き着いてきた。


「抱き着くな」


 べりっとサナエを引きはがす。

だが、サナエは本当によくやってくれた。彼女の活躍がなければ私は勝てなかっただろう。

 感謝の気持ちを込めて、ぽん、と頭を撫でた。

ミィナは鎖を解かれるとすぐに大きな本を手に取り、しばらくその場で座り込んでいた。彼女を迎えに行くと、何かを悔やむように地面に生える雑草を強く握りしめていた。


「どこか痛むのか?」

「……なんでも、ない」


 彼女の体に大きな怪我はないようだ。そしてサナエにも怪我はなかった。

 体力は消耗したが、二人が無事ならば頑張った甲斐はあっただろう。


 ただ、ゲートの真下は危険だということが分かった。

 これからサナエが飛べるまでは、訓練は別の場所で行わなければならないだろう。


 そして、『救済の魔女』が人間界にいるというのは本当なのだろうか。

 もし本当だとしたら、魔界はもう『救済の魔女』に見捨てられたのだろうか?

 

 私たちには本来関係のない話だが、今回のように身の危険が迫るならば黙っていられない。

 少しずつ『救済の魔女』について調べていく必要があるだろう。


 ……エルカビダ。

 

 そういえば、エイダンがその場所に魔女がいるという噂を聞いていたはずだ。

 もしかしたらそこに『救済の魔女』がいるかもかもしれない。

 

 小さな手掛かりを胸に秘め、私はミィナたちを家まで見送ると、時計塔に帰った。


「生きているのなら、また……会えるよね」


 別れる直前、ミィナがゲートに向かってそう言っていたが、真意は分からなかった。

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