第四話 『拘束の魔女』①

 私が『爆弾の魔女』、サナエと戦闘した次の日の朝。

私とミィナはゲート真下の草原で、彼女に飛行魔法を教えていた。


「取り敢えず一回やってみろ」

「はいッス!」

「集中するんだよ、頑張って!」


 サナエは箒に跨って、気合と共に箒の柄を掴む手に力を入れた。

 すると、一メートルほど浮かんだ後に宙返りし、彼女の体が箒から落ちた。

 ゴチン、と痛そうな音が響く。

 頭を強く打ったようだがもう既に超が付くほどの頭が悪いので、これ以上馬鹿になる心配はないだろう。


「い、痛いッス~! 普通に無理ッスよこんなの!」

「大丈夫? あ、たんこぶになってる。痛そう」


 ミィナがしゃがみこんだサナエに駆け寄る。

 そして、痛いの痛いの飛んでいけと何回も唱えている。

 どうして私がこんな奴に魔法を教えないといけないのだろう。

 昨晩、気軽に言ってしまったことを後悔する。



「ここだけの話ね、サファイア。実はわたし……を教えられないの」

「は?」


「ヒコウ自体はできるけど、それは魔力を持った本たちのおかげでわたしの力じゃないの。だから、サファイアにお願いしたらダメかな」


「却下だ。私は街人の手伝いで忙しい」

「サファイア、お願い! あの子を早く帰してあげたいの!」

「む、無理な物は無理だ」

「うぅ、サファイア……」

「あぁ、もう! 仕方ないな」

「わぁっ、ありがとう! じゃあ明日の日が昇った頃、またここで会おうね!」



 ……という感じで、ミィナの上目遣いと可愛らしいおねだりに負け、承諾してしまったのだ。

 私は小さな子どもに弱い。確実に弱点を突かれてしまい、勝ち目はなかった。

 エイダンには先程、今日は一緒にいれないと言いに行ったが、少し寂しそうだった。早く終わらせて、彼の元へ戻らなければ。


「お前、魔力の使い方もろくに習ってないな?」

「バ、バレちゃったッスか」

「むしろバレないとでも思っていたのか」


 思ってましたと言わんばかりの苦笑い。

こいつはいつから授業をサボっていたんだ。魔力の使い方など小学生で習うことなのに。


「そもそも、魔力を使えば何が出来るんですか? あ、魔力弾を作れる~っていうことだけは知ってるッスよ」

「はぁ……。ミィナ、私はお手上げだ。魔力の説明はお前にもできるだろう、頼んだ」


 私は呆れかえって地面に座り込む。頭からハテナマークが飛び交っている高校生のサナエに、小学生くらいで彼女以上に博識なミィナは話を始めた。


「魔力は色々なことに使えるの。主な使用方法は三つで、魔力弾を生み出して飛ばす攻撃魔法と魔力を身に纏う防御魔法。そしてサナエが今やろうとしてるヒコウ魔法。この三つは学校で会得するのが普通なの」

「私がお前の爆弾に当たっても無事だったのは、防御魔法のおかげだ」

「へぇ、なるほど~」

「ヒコウ魔法に関しては、身体能力と魔力次第で箒を使わずに行うことができるの。初心者のサナエはまず箒で練習しようね」

「私は飛行魔法の応用、飛行の加速がし易いように箒に乗っているだけだからな。一応自分自身でも飛べる」


「ところでミィナちゃんの飛び方は飛行魔法なんスか? 本が階段みたいになって、ミィナちゃん自身はその上を歩いて空に行ってるッスけど」

「ミィナは特別だな。魔力を使って飛行しているわけではないんだろ?」

「えへへ、そうだよ!」

「じゃあ、あれはどうやって……?」

「それはね〜。ヒ・ミ・ツ!」


 ミィナはご機嫌になり、一回その場でクルっと回った。綺麗に結ばれたお下げは揺れ、甘い香りがふわりと漂う。

 その時、ミィナは私の前で初めて手にある巨大な本を離した。


「うーん、魔力のことは色々分かったんですけど。どうやって使ったらいいんスか?」

「お空に行きたいなーって思ったらできるはずだよ!」

「いやそれでできなかったんスけど! 綺麗に一回転したんスけど!」

「まずは魔力を使うことに慣れることだ。私は攻撃魔法を使って慣れていった、やってみるといい」

「ど、どうやってー⁉」

「右手を出して、そこに意識を集中する。全身の意識をそこに集める、というイメージだ」


 こんな風に、と右手を出すと、次第に海碧あお色の魔力が集まっていく。

そして、魔力弾が完成すると空に放った。


「集まった魔力が多ければ多いほど、強力な魔力弾になる。私は魔力だけが取り柄だからな。一瞬で作った魔力弾でも、相手の臓器や骨の損傷を及ぼすほど強力だ」

「サファイアの魔力は綺麗な色だね!」

「はは、私もこの色が大好きだ」


 私の魔力は、大事な親友からの贈り物だった。

 だが……私はこの魔力が大好きだからこそ、使う度に胸が締め付けられるように苦しくなるのだ。


「や、やってみるッス! うおおぉぉぉっ」


 サナエは私と同じように右手を伸ばして、一生懸命魔力を使おうとする。


「力が入り過ぎだな。筋肉に力を入れるのとは違うぞ」

「は、はいッス! む、むううううぅっ!」



 サナエが独特な声を上げながら集中すること三十分。

 魔力は全く出てこない。いや、たまに黄蘗きはだ色の魔力が見えるが、それがなかなか集まって形にならない。

 つまり、集中力がないのだ。


「な、なんでできないんスかぁ~!」

「集中力がない、以上だ」

「はうっ、それは納得できてしまうッス……」

「そろそろ休憩にしよう、疲れたでしょ?」

「そうだな」


 サナエが地面に座り、私もその隣に腰を下ろす。

 ミィナは大きくレンズが丸い眼鏡をかけて、地面に置いた巨大な本の上に座り、普通のサイズの本を読み始めた。

 ミィナは本を読む間も瞼を開くことはなかった。


 私はなんとなく、人差し指を空に向けてくるりと回してみた。すると、箒が私を真似するように空中でくるくる回った。サナエがキラキラとした目で私を見る。


「サファイアさん、それなんスか⁉ 魔法ッスか⁉ かっこいいッス!」

「ん? ああ、これか。これはおまじないだな。魔力を使わない便利な技術の類だ、魔力を消費する魔法とは少し違うな」


 人間はこれができないようなので、魔女の特権のようだ。エイダンの目の前でこれをしてしまった時、弁明するのに大変苦労した。


「どんなことができるんスか⁉」

「所持物や家具など、特定の無機物を動かすことができる。重量があるものほど、おまじないをかける位置にコツがいる」


 そんなことも知らなかったのか、と頭をれる。だが、確かにこれを頻繁に使っている人は少ない。どうもおまじないをかける場所を探す重力計算がめんどくさいそうだ。

 私は数学が得意なので、そういう人の意見は理解できないが。


「ん~、あたしもそれやりたいッス~!」

「飛行魔法ができるようになったら教える」

「おぉ! 約束ッスよ⁉」

「ああ、約束だ」


 サナエはやった、と勢いよく両手を上げて、バランスを崩して地面に倒れる。

 そういえば、と気になっていたことを問いかけた。


「最初に会った時、お前は私の事を知っているような口ぶりだったな」

「そうッスね。あたし、サファイアさんをある殺人犯と間違えちゃったんスよ。だから殺されると思って攻撃したんス、ごめんなさい」


「気にしていない、大丈夫だ」

「どうして勘違いしちゃったんスかね? 髪の長さも顔つきも全然違うッス、サファイアさんの方が断然大人っぽくてかっこいいッス! 似てるところといえば……雰囲気くらいッスかね~」

「お世辞だな。褒めても何も出ないぞ」


 表情を変えずにそう答えると、サナエは私の気に障ったのかと焦り出す。その様子が可笑しくて、手袋で口を覆いながらクツクツと笑う。


「サナエは魔界に帰りたいか?」

「もちろんッス! パパ、ママ、弟、ダチに会いたいッスから! あと、人間界に行ったって自慢とか、それと……」


 彼女は自分のしたいことを次々と言っていく。

 彼女の魔界での人生は明るいものだったのだろう。彼女の瞳は夢と希望に満ち溢れてキラキラしている。

 そうか、と言いながら立ち上がる。

 彼女はこの状況を軽々しく思っているが、きっと親御さんや周りの人達は気が気でないだろう。


「なら、一刻も早く帰してやらないとな」

「お願いしますッス!」

「サファイア、ちょっとだけやる気になった?」

「勘違いするな、こんなおバカさんに振り回される親族と友達に同情しただけだ」


 二カッと明るく笑うサナエだが、その笑顔に影が見えた気がした。自分の心の中で、何か引っかかる。

 その引っかかったものは取れないまま、サナエの飛行魔法訓練は再開した。



「無理ッス~~! こんなの出来る方がおかしいッス~!」


 昼になっても浮くことすらできないままで、サナエは駄々をこね始めた。


「いくらなんでも習得が遅いな。これから毎日練習すればいつかできるようになるだろうが」

「うぇ⁉ じゃあ結局帰れるのはいつなんですかぁぁ~」

「勿論、お前次第だな」

「サナエ、わたしも練習付き合ってあげるから。集中力を高める練習くらいなら、きっとマクスおじさんの家でもできると思うの」

「が、頑張るッス~……」

「そういえば、そのマクスおじさんとやらはサナエの面倒も見てくれると?」

「うん! おじさんはとーっても優しいから!」


 ミィナは人間界に来てからずっと、マクスおじさんという人の家で面倒を見てもらっているらしい。

 昨晩、彼女がサナエはマクスおじさんが面倒を見てくれると言い連れ帰ったのだが、取り敢えず了承は得られたようだ。


 ズズズズズ……


「ッ⁉」

「どうしたの、サファイア?」

「今、ゲートが動いた気がした」

「わたしは気づかなかったよ?」

「え、何かあったんスか?」


二人は何も感じなかったようだ。私の気のせいだったのだろうか……?


 違う。

 上空から感じる魔力の気配。

 

「いいや気のせいじゃない……!」


 私が空を見上げると、ミィナとサナエもそれに続いた。

 上空からは痩せた青年が頭を地面に向けて落ちてきていた。

 体系や顔からして、三十代前半くらいだろうか。

 腕は後ろで拘束されていて、顔の半分を覆い、口の部分にチャックがついているマスクをしている。

 首には丈夫で大きな首輪。おまけに両足に重りのようなものが巻き付いていた。あれでは身動きができないだろう。


「まだ昼ご飯も食べてないのにッスか、迷惑な奴ッス!」

「でも、あの様子じゃ攻撃ができないだろう」

「あの、男は……!」


 ミィナが後ろで低く重い声を発した。彼女の様子がどこかいつもと違う気がする。

 青年が落ちてくる様子を眺めていると私の元に、一枚の紙が落ちてきた。

 それが地面に落ちる前に、手に取る。


「サファイアさん、それは何ッスか?」

「『救済の魔女』の居場所を教えろ。さもなくばお前たち全員の命はない……?」

「『救済の魔女』⁉」


 先程落ちてきていたはずの魔女は、頭を空に向けて空中で佇んでいる。

 そして、こちらをジッと見下していた。


「人間界に『救済の魔女』がいるのか⁉」


 そう言うと、青年は気に食わなさそうな顔をした。

 その表情からは私たちに対する不信と、敵意が感じられた。


「ミィナ、あの様子だと戦闘は避けられないかもしれない! サナエは自衛ができない、彼女を連れて逃げろ!」


 青年と目を合わせたままそう言うが、二人がいるはずの後ろからは誰の声もしない。

 その代わり、空から悲鳴が聞こえた。


「ぎゃあああああ、なんスかこれぇ! あたしこういうプレイは好みじゃないんスよぉ!」

「っ……サファイア、今すぐ箒に乗って! じゃないと、殺される……!」


 ミィナとサナエは、上空で両手首を鎖で縛られて、吊るされていた。


 

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