第三話 人間界に降りた魔女③

 ゲートの下は街を抜けた先にある草原。草原にはいくつか灯りがあり、上空からでもぼんやりと地上の様子が伺えた。


 少し上空から探していると、地面に座り込む一人の少女がいるのを見つけた。



 その少女は制服姿で、スカートは膝が見えるくらい短い。学生時代の私が見たら卒倒そっとうしてしまうだろう。


 長い爪にラメの入ったネイルをしている。その姿は魔界でたまに見る「ギャル」らしきものだ。


 髪色は水色で、ところどころに黄色と橙色色のメッシュが入っている。

 左右の高さが非対称なツインテールは、毛先がワックスでツンツンに固められていた。


 ゆっくりと着地して箒を適当な場所に寝かせる。

 少女との距離は二メートル。いきなり攻撃されたとしても、即死することはないだろう。


 私はその場所に降下し、その少女に問う。


「誰だ、なんのためにここに来た?」

「だ、誰っすか……って、あんたは!」


 彼女は私の顔を見るなり驚く。

 どうやら私の顔に見覚えがあるらしい。私はこの少女のことなど知らないのだが……。


 彼女はポケットから白いピンポン玉のような物を二、三個取り出し、可愛らしく長いネイルが施された指の間に挟んだ。


 その球体には笑顔を表す顔文字が黒のインクで書かれてある。


「あ、あたしは殺されるわけにはいかないッス!」


 そう言い、彼女はその球体を私に投げつけた。


「!」


 反射的に二メートルほど後ろへ跳び、膝と手を地に着いて顔を上げる。

 すると、球体は私の元いた場所で爆発していた。 


 その攻撃は悪戯のレベルではない。

 当たれば皮膚が剥がれ、出血は免れないだろう。

 彼女に戦闘意志があるということを理解した。


「お前がその気なら相手してやろう」

「噂通りの身体能力ッスね」


 彼女は立ち上がり、再び笑顔の絵文字が書かれた四個の球体を私に投げる。

 球体一つにおける爆発の大きさはそこまでじゃない。半径二十センチくらいだ。


 だが、いくら小さくともそれが集まると大きな爆発になる。避けるのが無難だろう。


 最初に現れた球体を左に避け、後の三つがこちらにくると判断し、後ろに下がる。球体は例外なく全て私が元いた場所で爆発した。


「まだ火力が足りないッス、早く爆弾を作らないと!」


 なんの変哲へんてつもない球体が爆発するなど考えられない。だとするとこれは彼女の能力なのだろう。可能性としてあげられるのは、『爆発する球体を作る能力』だ。


 警戒するものはあの球体だけ。それなら、球体を対処しつつ相手の隙をつけばいい話だ。


 一瞬爆発による煙で少女が見えなくなっていたが、視界はすぐに明ける。

 だがその瞬間、少女が新たに六個の球体を取り出しているのを確認した。


「何個作ってるんだ、こいつ!」


 飛んできた二つの球体をしゃがんで避ける。

 その次の瞬間に現れた球体は足元を狙ったもので、避けることができないと判断する。


 左手を伸ばし、銃の形にして人差し指を標的に向けた。指先に魔力を集中する。

 すると、手の周りから海碧色のオーラが手の先に集まっていく。それは、一瞬にして小さな魔力弾に変わった。


 そのまま前方に魔力弾を飛ばし、それに当たった二個の球体が消失する。


「魔力弾を一瞬で作った⁉」


 残りの二つの爆弾を身をかわして避け、少女の元へ歩く。


「あんな物の一つや二つ、片手で対処できる。あの程度のことしかできないのなら、お前は私に勝てない」


 とは言っても、魔力をまとわない状態で食らえばきっと怪我をするだろう。小さな魔力弾を使えば、なんとか二個までは無力化することが出来る。


 私は少女の元へ一歩、二歩と近づく。

 ふと彼女の手には、何かペンのような物があるような気がした。

 ある程度の距離まで近づくと、突然少女がニヤリと笑った。


「引っかかったッスね!」


 ある場所に踏み込むと、カチッという音が聞こえて下を向く。

 すると、私の足元には驚愕きょうがくの表情を表す顔文字があった。


 刹那せつな、地面が爆発した。

 まるで地雷でも埋められていたかのように。


「あの爆発をまともに受けたのなら、足がぶっ飛んでいるはず! 私の作戦の大勝利ッスね!」


 静寂が訪れると、少女は安堵あんどしてそう言った。

 その束の間の静寂を切り裂くように、私は言葉を発する。


「なるほど。どうやら私はお前の能力を勘違いしていたようだ」


 私は体に傷一つないままその場に立っている。

 煙が消えてそれに気づいた少女は面白いくらい口をぱくぱくさせていた。


「ど、どうして無傷なんスか⁉ さっき私の爆弾に……」

「魔力を使ったからな。魔力は私の唯一の戦闘武器であり、防具だ」


 私は魔力を全身に纏うことで、攻撃を逃れた。他の魔法より体力を消耗するので、この手は使いたくなかったが仕方ない。


「先程は散々お前に攻撃されっぱなしだったからな。次は私の番だ」


 走って少女の元へ向かう。

 地面に絵文字が書かれている場所は跳んで避ける。


「く、来るなッス!」


 彼女は新たに球体を投げた。

 だが、その球体は今までと違い、混乱を表す顔文字が描かれている。


 横にかわすが、その球体は爆発せず、破裂した後にもくもくと大きな煙になった。


「発煙弾か……」


 視界が奪われ、少女の姿が見えなくなる。

 方向も分からなくなり、この中で少女を探すことが困難だと判断する。


 別に彼女自体に興味ない。しかし、どうしても魔界の状況を知りたい。


 私は箒を呼び、それを手にする。飛べという合図で、箒は私を連れて上空へ行く。


 煙を抜けると、逃げようと必死に走る少女の姿を見つけた。

 箒で走る少女の前まで飛び、彼女の行く手に立ちはだかる。


「小賢しい真似をするな」


 だが、彼女は恐れることも慌てることもなく、そこら辺に落ちているようなただの木の枝を取り出した。


「あたしの能力、逃げるのにすっごく役に立つんッスよね……!」


 見にくいが、木の枝には焦りの顔文字が書かれている。

 危機感を感じ、それを投げさせまいと彼女の腕を掴もうとした。


 だが、あともう少しで手が届くというところで彼女が枝を私に投げる。すると、それは突然大きな光に変わった。

 私はあまりの眩しさに目を瞑った。


「今のは閃光弾か……なるほど、お前の能力が分かってきた」


 彼女が使用したのは爆弾、地雷、発煙弾、閃光弾。

 爆弾はどれも顔文字が書かれていた。


 普通の爆弾は笑顔、地雷は驚愕、発煙弾は混乱、閃光弾は焦燥。


「爆発する球体を作り出す能力」だと思っていたが、それでは地雷や今の閃光弾はどうやっていたのか説明がつかない。


『顔文字を書いたものを様々な爆弾に変える能力』の『爆弾の魔女』。


 それならば、これまでのことが全て一致する。

 少女がただの球体をたくさん持っていて、私が爆弾の対処をしている間に別の球体に顔文字を書き込んでいた。


 そして一瞬見えたペンのような物は、その能力を発動させるために持っているようだ。


「全く、能力の使い方はプロだな」


 閃光弾や発煙弾は私の魔力で防げない。

 つまり、彼女がそれらを投げてくる前に捕まえなければならない。


 少女が逃げていた先は森。きっと自分の能力で時間稼ぎをして、森に逃げこもうという作戦だろう。森に逃げ込まれるとこちらとしても厄介だ。


 光から解放された私は目を開けた。

 前方に走る少女が見える。少し離れているが、問題ないだろう。


「一瞬だ。あいつには爆弾を作る時間さえ与えない」


 箒にまたがって魔力を込めると、箒の柄がきしんで振動し始める。

 そこをトン、と指でつつくと、箒は弾かれたように飛んだ。


 あまりの速さに風が起こり、マフラーが暴れ出す。爆速で近づく気配に気づいた彼女がこちらを振り向いた。

 瞬く間に彼女の背後に着くと、同時に飛び降りる。


「い、いくらなんでも速過ぎじゃないッスか!」


 焦った彼女はポケットから爆弾を取り出そうとする。


「あっ!」


 私は彼女に、たった一秒の猶予さえ与えなかった。

 瞬息で左手が彼女の手首を掴む。

 右足を後ろに引いて、空いた片手の拳を構えた。



「諦めて歯を食いしばれ、『爆弾の魔女』」

「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」


 広大な草原に、少女の叫び声と一発の打撃音が響いた。





「で、お前の名前は?」

「サナエ、ッス……」


 腹部に私の自慢の一発入れられた『爆弾の魔女』は、手を私のマフラーで縛られたまま正座させられている。


 彼女は最初から「殺さないでくださいッス~」、「ごめんなさいッス~」と震えながらわめいていた。

 特に、彼女は頻繁ひんぱんに殺されたくないと言う。


 それが大変耳障りなので、この尋問じんもんを早く終わらせようとしていると……


「私も聞きたいことがあるの、混ぜて!」


 声が聞こえた方を向くと、そこにはミィナがいた。さっき会った時と同じく、手には大きな本を持っている。


「な、仲間がいたんスか! しかもこんな小さな子だなんて、もしかしてロリコンなんですか⁉」

「ロリコンだと⁉ 断じて違う、勝手に勘違いするんじゃない!」

「ふふ、二人ともとーっても仲が良いのね! わたしはサファイアのおともだちのミィナ。よろしくね!」


 彼女はぴょんぴょんと小さく跳ねながら私の隣に来る。

 裏表のない可愛らしいミィナの笑顔に癒されたのか、サナエの表情が少し柔らかくなった。


 幼女は癒しの力が凄い上、初対面だと大人より信用されやすい。私も彼女くらいの歳に戻りたいものだ。

 そんな呑気なことを思っていると、ミィナがサナエに問いかけた。


「あなたはどうして人間界に来たの?」

「ここが人間界なんてことすら知らなかったッス。 あたしはただ、道端にブラックホールみたいなものができてたから、興味があって飛び込んじゃっただけなんス……」


 サナエは答えにくそうにボソッと小さな声で話す。ミィナはそれを聞いて、言葉を失ってしまった。


「命知らずにもほどがあるだろ! なんであんなのに入ろうと思ったんだ!」

「ひぃっ、殺さないでくださいッス~!」


 よっぽどくだらない理由だったので、溜息が出る。

 好奇心というのは恐ろしいものなのだと実感する。何故ならサナエの様に、自分の身の安全すら目に見えなくなるのだから。


 まぁそれは良いんだけど、とミィナは再びサナエに問いかけた。


「サナエ、ここ二年で何があったか知らない? 例えば、『破壊の魔女』と『救済の魔女』のこととか」

「うーん……」


 少し悩んだ後、思い出したようにハッと顔を上げた。


「そういえば『破壊の魔女』のことは前に聞いたッス!」


 そうして彼女は『破壊の魔女』について知っていることを話し始めた。


 まず、二年前『破壊の魔女』が生きていることが判明した直後、『救済の魔女』と魔女騎士団が協力して始末しようとしたらしい。


 だが、結果は惨敗。『破壊の魔女』と彼の協力者の手によって邪魔をされ、『救済の魔女』の血統者がほとんど殺された。


 その後は魔女騎士団が奮闘し、なんとか一時的に彼の力を無効化することに成功したらしい。


「ブラックホールみたいなのが現れる前日、彼の力を抑えていた魔女さんを襲った人がいたらしいんス。そのせいで、『破壊の魔女』が目覚めたのかもしれないって噂ッス」

「『救済の魔女』が死ぬほどの戦いだったのか……」


「魔界の『災厄』と認められた魔女は、『救済の魔女』を超えるほどの力を持つ……その上魔界を破壊するほどの力をも持つ。だからこそ、赤ちゃんのうちに『救済の魔女』さまが手を下すって本に書いてた」


 ミィナは下を向いた。きゅっ、と握りしめた手を胸のあたりに当てている。


「ということは、『破壊の魔女』を倒せる人がいなくなったということじゃないのか?」

「それがなんスよ。『救済の魔女』の生き残りが一人だけいたらしくて。魔女騎士団は血眼ちなまこになって探してましたけど、全然見つからないみたいなんス」

「なら『救済の魔女』が全滅した訳ではないのか」


 はい、とサナエは頷いた。

 ミィナも少し安心したようだ。私も同じく、どこか心がほんの少しだけ落ち着いた気がする。


「良かったぁ。『救済の魔女』さまが生きているなら、きっと大丈夫!」

「ああ、それが分かって良かった」


「質問はそれで終わりッスか? あたし、家に帰りたいんスけど」

「うん、ありがとう! サファイア、マフラー外してあげて」

「言われなくても」


 マフラーを外して正座もやめていいと伝えると、彼女は立ち上がって服に付いた泥を払った。


「はぁ~やっと解放ッス!」


 そう言って伸びをする彼女だが、ゲートを見上げた後硬直する。


「あの……どうやって帰ったらいいんスか」

「は⁉」


 私もミィナも開いた口が塞がらなかった。魔界に帰るのならゲートに入ればいいだけの話。サナエだってそれが分からないわけではないだろう。


「まさか、まさかとは思うが」

「お空が飛べないの……?」

「魔術の勉強サボってるんで……飛べないんスよね!」


 ミィナは驚きのあまり声が出ないようだ。

 私はまた大きく溜息を吐く。

 こんなに溜息を吐いたのは久しぶりだ。


 魔界で歩く以外の交通手段は、大体魔術を使っての飛行だ。

 だから中学校のうちに授業で飛行をマスターする魔女がほとんどなのだが……


「お前、もう中学生じゃないだろう……まだ習得してないのか」

「飛行することに意味を感じなくてサボっちゃった女子高生ッス」


 サナエはピースを顔の横で作り、ウィンクする。

 軽々しいにも程がある。

 努力したら必ずできることをしようとしない魔女が私は好きではない。


「ん~、魔界に帰るにはヒコウをしないといけないから……少しの間ここでおべんきょうしよう!」

「え! 今日中に帰れないんスか⁉」

「当たり前だ、努力をおこたった罰だな」


「大丈夫、ヒコウくらいなら二日でできるようになると思うよ! 一緒に頑張ろう!」

「うぅ、帰るために仕方ないッスもんね……」


 サナエはうなだれながら、ミィナの提案を飲んだ。

 こうして、人間界にまた一人魔女が増えた。


 めんどくさがりで頭も悪く、とてもうるさい私が苦手な性格の魔女だ。


 だがそれと引き換えに、今の魔界の状況を知れた。

 それはとても大きな収穫だった。



 ミィナはサナエを連れて自分の家に、私は一人で時計塔に帰った。


「魔力を使うのは二年ぶり……流石に体力を消耗したな」


 多量の魔力があったとしても、魔力を使うための体力が少なければ、長時間に渡る魔術の使用はできない。

 私は体力がおとろえてしまっていた。

 あまりにも人間界が平和過ぎて、戦うための魔術を使う必要なんてなかったから。


 生まれた時に魔力を持っていなかった私の居場所は、初めから人間界だったような気がする。

 人と人がお互いの短所を受け入れ、協力し合う美しい世界。


 初めからこの場所で生まれてきたかったと、今まで何度も何度も思った。


 もしここで生まれたのなら、私は何も失うことなどなかったのに。


 そんな悲痛な思いを飲み込んで、目を瞑る。

 この世の理不尽をどれだけ嘆いても、過去は変わらない。


 全て忘れて眠ってしまおう。


 過去のことを思い出した時、私はいつだってそうしてきた。

 どれだけ黒い感情が襲おうとも、それを表に出したことは今まで一度もない。


 ほうほうとフクロウの鳴き声が聞こえた。

 それは私の子守歌。

 私の意識はゆっくりと、夢の中に吸い込まれていった。

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