第6話 架空の存在は彼らを助ける
漆黒の軍服をまとった
その手袋の甲のところにある梵字が刻まれていた。それは闘神阿修羅を意味するものである。この手袋には使用者の霊力を物理エネルギーにかえる能力があった。
それは悪魔でも仁が創作した物語の設定であったがである。
愛は軍帽の下の秀麗な顔を仁にむける。
ふっと微笑する。
それは心配はいらないという意味に仁は受け取った。
数歩、愛は
両手を腰のあたりに置き、戦闘態勢をとる。
「なにここどこなの……」
その黒いもやのような恨魔はむきだしの目で周囲を見渡し、あの幼児の声で言った。
「パパ……ママ……どうして迎えに来てくれないの」
恨魔は言う。
「残念だが、君はもう両親には会えない。君は魂の輪廻の輪にもどるんだ」
愛は恨魔に言う。
それはきっと残酷な宣言なのだろう。
あの恨魔はあきらかに両親を探している。
だが、愛が言うには両親に会うことはかなわず、魂が戻るべきところに帰らないといけないというのだ。
仕方ないこととはいえかわいそうなことだと仁は思った。
だが、そうは言ってられない事態になった。
黒いもやの恨魔はそのあかぎれだらけの小さい手をあげて、愛につかみかかろうとした。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ‼️」
そう叫び、恨魔は愛に向かって襲いかかる。
深く腰を落とし、愛は地面を蹴る。
一息に距離をつめると右ストレートを撃ちだした。
愛の右拳は淡く光る。
目に見えてエネルギーが拳に集中するのがわかる。
拳に集まった光のエネルギーは直視できないほど眩しい。
これは凄まじい。
仁は心底思った。
その光景は仁が脳内で思い描いていた光景が現実に繰り広げられているのだ。
仁は体に広がる疲労と偏頭痛を忘れるほど興奮していた。
それでも仁の額にはうっすらと汗が流れていた。あまり長時間この世界を維持するのは難しいと仁は思った。
愛の右拳が黒いもやを切り裂く。
黒いもやはふわりと広がると愛の拳にまとわりついた。
すぐに愛は拳を引く。
糸になった黒いもやはなかなか離れず、愛の体を強制的に引き寄せた。
「熱いよ熱いよ、なんなのこれ」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、その恨魔は小さな手で愛の両肩をつかむ。
小さな手はその見た目以上の力があるようだ。
愛の両肩に手形がくいこむ。
愛の綺麗な顔が苦痛に歪む。
自分の両肩に食い込んだ手を愛は両手でつかむ。
阿修羅の手袋はさらに光を増した。
ゆっくりと恨魔の両手を持ち上げる。
愛は黒いもやの種の部分めがけて強烈な蹴りを放った。
命中すればその発芽しかけている種は粉砕されるものと思われた。
それほど愛の蹴りは強烈であった。
愛の戦闘力は仁の物語の主人公渡辺司と同様なものに思えた。
蹴りが命中するかに思われたが、ぱっと恨魔は両手を離すと黒いもやは一気に霧状に広がった。種は場所を移動し、鋭い蹴りはむなしく風を切るだけだ。
空振りした愛は態勢をたてなおすとまた拳に力をこめ数発、拳を恨魔に叩き込む。
だが、気体の恨魔は自身の体を薄くし、必殺の攻撃をかわす。
愛の攻撃は徒労に終わる。
黒いもやの恨魔は歯並びの悪い口を開け、愛の右肩に噛みついた。
愛は左に避けようとしたが、わずかに足がふらついた。
阿修羅の手袋による攻撃は確かに強力であったがその分、体力を消費する。
この阿修羅は生命エネルギーを代価とするからだ。
空振りの攻撃は体力をかなり消費する。
愛は体を左右に強くふり、その噛みつき攻撃を振り払うと後方に飛び退いた。
右肩には大きな咬みあとがつき、軍服の布地が赤くにじむ。
どうやら出血しているようだ。
愛は苦痛に顔を歪め、顔には滝のような汗を流し、肩で息をしていた。
このままで勝てないどころかじり貧で愛が負けてしまうかもしれない。
気体の敵に物理攻撃は通じず、相手の攻撃はこちらに効く。
これでは勝ち目がない。
どうすればいい。
仁は必死に考えた。
せっかく再会できた親友とまた離れたくはない。
それに下手をうって、また愛が死ぬことは絶対に避けたい。
愛を死なせず、なおかつこの恨魔に勝たせるにはどうすればいい。
ぐっと歯を食いしばり、仁は思考を巡らせた。
自分がこの見るもおぞましい恨魔と戦う術を持っていれば、すぐにでも加勢するのだが、自分はただの妄想好きなただの男に過ぎない。
うん、ちょっと待てよ。
仁は自分に言い聞かせた。
僕は戦えないが、その代わりの者がこの場所に連れて来ることができればいいのではないか。すでに僕は最初の段階でそれを自然に成功させている。
うっすらと仁は目を閉じ、精神を集中させた。
僕の
仁はさらに精神を集中させ、ある人物を想像し、創造した。
次にまぶたを開けると彼の目の前に一人の人物が出現していた。
その人物は愛と同じような闇を切り取ったような黒い軍服をきている。
小柄人物で頬の赤い少年のような風貌をしていた。ただ胸の二つの大きな膨らみがこの人物を女性であることを証明していた。
その女性は少女といってもいいほどの若さであった。
仁の方を見るとにこりと可愛らしい笑みを浮かべた。
この少女は仁が作りだした物語で渡辺司のパートナーをつとめる魔術師であった。
「助太刀いたします」
かなり高い、愛らしい声でその少女、名前を平井夢子という人物は言った。
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