第4話 死法省の役人
どうにかあの恨魔から逃れることができた仁と軍服姿の愛は麗しのマダムのすすめでカウンターの席に腰かけた。
愛の提案でしばらくここにいて、あの恨魔をやり過ごそうということであった。
仁は隣にすわる愛の横顔をまじまじと眺めた。
女性のように優しげな横顔はまさしく十年前にこの世を去った愛に似ている。あのときはまだ少年であったが、現在のそれはその時から成長したであろう姿をしていた。
しかも彼の姿は仁の書いた小説の登場人物そのものだった。
仁の書いた小説では渡辺司という人物は帝国陸軍の黒桜という機関に所属し、帝都の闇にはびこる悪魔や妖鬼を相手に超常の能力で戦い、排除するのであった。
彼の書いた小説の通りならその腰にぶら下がる日本刀は鬼切丸である。
かつて酒天童子を葬った刀である。
仁の小説の設定では朱天童子とした。
それはこの鬼が天を血の朱色で染め上げようとした恐ろしい鬼であるとしたからだ。
そしてその朱天童子の力を渡辺司を取り込んで使えるという設定に仁はした。妖魔や悪鬼を狩る将校が使うのはかつて闇に生きた鬼の力なのである。
もし愛がその登場人物の力を使えるのなら、あの恨魔をどうにかできるかもしれない。
仁が考えた登場人物の能力を愛がそのまま使えるならであるが。
「愛、君はその…… 僕が考えた小説の登場人物の能力をそのまま使えるのかい?」
仁は愛のうらやましいぐらい端正な横顔を見て、そう言った。
「ああ、そうだよ。今はこの鬼が啼く刻の渡辺司をトレースしただけだけど、君と一緒にいる時間が長くなれば他の登場人物も演じることができるようになるよ」
微笑し、愛は言った。
「その力があればあの恨魔というのを倒せそうなのか」
仁はさらに訊く。
「うん、これはやってみなくてはわからないけど、大丈夫だと思うよ」
愛がそう答えたあと、カランカランと鐘の音を鳴らし、一人の人物が入ってきた。
黒いスーツを着た、細身の女性だった。
左の目元にほくろがあるのが特徴的な、なかなかの美人だった。
「あら、今日はお客さんがおおくて嬉しいわ」
ふふっと笑顔を浮かべ、麗しのマダムが言った。
「失礼するよ」
その女性はそう言うと仁の隣に腰かけた。
「君がこの幻想世界をつくったのかね?」
と黒スーツの女性は訊いた。
「ええ、まあ……」
仁は答える。
ほくろの女性はじっと仁の目を見る。
その目に見られるとなんだか吸い込まれるような気分になる。
「これを初めての人間がつくるか。たしかに白神候補生のいう通り素晴らしい才能だ」
仁は女性にほめられて、有頂天になりかけた。
その黒スーツの女性は仁が上機嫌になるにたりるほど美人であったからだ。
「私は死法省の一ノ瀬というものだ。よろしくな、空を紡ぐ者」
ほくろの女性はそう名乗り、名刺を仁に差し出した。
名刺には死法省魂監理局一ノ瀬市子と書かれていた。
その名刺から察するにこの女性も愛のような死神だと考えられた。
仁はその名刺を受け取り、ジャケットのポケットにいれた。
「白神候補生。今回の任命試験は一時中止としたい。あの恨魔は種つきだ。候補生が相手にするのは荷が重い。さいわいこの近くにSランクの死神がいる。かなり性格に問題はあるのだが彼女らに頼もうと思っている」
一ノ瀬はそう言った。
「まってください。そんな試験中止だなんて。僕はこの試験を受けるのに十年待ったんですよ」
愛が言う。
「でも、あの恨魔はかなり強そうだったよ。試験は別の機会にしたらいいんじゃないかい」
仁は言った。
その別の死神が対処するのなら、今はそれほど無理する必要はないのではないか。仁はそう思った。
「それは駄目だよ。この機会を逃せば次の試験は十年後なんだ。さらに十年まつなんて僕には耐えられない。せっかくこうやって仁に再会できたのに」
首を左右にふり、愛は言った。
彼の口ぶりから、死神の試験は十年ごとに行われるようだ。
十年。
その時間の長さに仁は気が遠くなるのを覚えた。
仁にしても唯一の親友と二度目の別れはしたくはなかった。
「白神候補生、あの恨魔はすでにピクシー級から二段階上のセイレーン級に昇格している。候補生の君には正直言って荷が重すぎるのだ。我々も貴重な候補生を失いたくないのだよ」
一ノ瀬市子はそう言った。
「もし、もしですよ。僕たちがあの恨魔を倒すことができたら愛は無事に死神に任命されますか?」
仁は訊いた。
あの恨魔がかなりの強敵だというのは理解できた。
だが、それほどの強敵を倒すことができたなら愛の死神世界での立場はかなり有利なものになるのではないかと仁は思った。
「これは仮定ではあるがセイレーン級の恨魔を倒したなら白神候補生はFランクから一気にCランクに各上げ間違いないだろう」
一ノ瀬市子は冷静にそう言った。
彼女の言葉から、あの恨魔を倒したら正式な死神に任命されるどころか三階級も特進するのである。
愛が現実世界にとどまるにはあの恨魔を倒すしかないのだ。
もし、愛の言う通り仁が考えた登場人物と同じ能力があるならばあの敵もなんとかなるのではないかと考えられた。
それは愛の言葉を百パーセント信じることができればの話であるが。
仁は顎に手を置いて、少し考えた。
そうだ、愛を信じよう。
愛を信じて彼をこの世にとどめるためにあの恐ろしい恨魔と戦おうではないか。僕がつくった登場人物の能力ならきっと勝てる。
親友を信じて戦う。
こんな胸おどることは人生で初めてだ。
それに愛を二度失うのはあまりにも辛すぎる。
「愛、やろう。あの恨魔を倒そう」
仁は愛に言った。
それは決意のあらわれである。
「仁、君がそういってくれてうれしいよ。一ノ瀬さん、やらせてください、お願いします」
そう言い、愛は頼み込んだ。
「そうか、好きにしたまえ。だが、無理だとおもったらすぐにまた撤退するのだ。もう一度いうが君は貴重な候補生なのだから。それに黒崎仁さん、あなたもこのような幻想世界をつくる人間は貴重な人材だ。どうか慎重に行動してほしい」
一ノ瀬市子はため息を吐いたあと、そう言った。
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