第3話 幻想世界を構築する
愛の魂が宿った白猫は
その言葉の意味はなんだろうか。
仁は想像する。
幻想でできた世界とは何か?
それはこの自分達がいる物質世界ではなく、人間の想像力で産まれた別世界ではいかと。
その別世界が存在するなら、あの恐怖と憎しみをこね固めたような存在から一時避難することができるのではないか。
「さすがは仁だね。だいたいあってるよ。僕は共通意識世界から
白猫の愛は早口で説明した。
その間にも黒い巨大なもやは確実にこちらに近づいてくる。
むき出しの歯からよだれをしたたらせながら、瞳孔の開いた目でこちらを見ている。その目は確実に死者のそれであった。まるで生気というのを感じられないからだ。
その虚ろな瞳でじっと仁の姿をとらえ、眺めた。
「お、お兄さん…… ママとパパし、知らない…… かな……」
声だけは幼児のそれでその黒いもやは仁に訊く。
どうやらこの黒いもや、愛が
その瞳にみつめられると何故だか仁は頭がぼんやりしてきて思考力が低下してくのを覚えた。
そうだ、この子の両親を探してあげなくては。
そのような思考が脳内を支配していく。
ぺろりと白猫の愛は仁の頬をなめた。
猫の舌のざらざらとした感触で仁は我にかえった。
「しっかりして仁。恨魔にとりこまれるところだったよ」
「ああ、ありがとう」
我にかえった仁であったが事態は一つも変わっていないのもたしかだった。
「さあ、はやく
白猫の愛は言った。
これはやるしかない。
目の前の黒いもやはあきらかに危険な存在だ。
この者にとりつかれたら命の保証はどこにもない。
やるしかない。
もう一度、仁は決心しある場所を創造した。
目を瞑り、意識を集中させ、ある場所を思い描く。
より鮮明に克明に。
形をつくり色を塗り、その空間を想像する。
それはいつも仁が創作でおこなっている行為であった。
「それじゃあ、いくよ。三億世界のかけらをもって想像する。幻想世界構築!!」
白猫の愛はそう声だかに叫んだ。
次に目を開いたとき、あの不気味な黒いもやは完全にいなくなっていた。
木の壁が目にはいる。
どうやら棚が設置されていてそこには多種多様な酒類が並んでいる。
カウンターがあり、その奥に一人の人物がたっている。
黒いドレスを着たほっそりとした人物であった。
長い髪には白いものが混ざり、顔にはいくつかのしわが刻まれていたが、それでもその人物は掛け値なしに美しいと思われた。
「こうしてお目にかかるのは初めてですね。創造主さんとお呼びしたらいいのかしら……」
ややかすれた声にその中性的で美しい人は言った。
「あ、あなたは麗しののマダム」
ごくりと生唾を飲み込み、仁は言った。
彼が目にしたのは仁の書いた小説「鬼が啼く刻」に登場する麗しのマダムという
ここはその麗しののマダムが経営する夜汽車という店名のバーであった。
「そうですよ、ここはあなたがつくった
うふふっと妖艶な笑みを浮かべ、マダムは言った。
その笑顔の美しさは仁が頭の中で想像したものとまったく同じだった。
自分の脳内で想像していた登場人物が目の前にいる。
そのことに仁は瞳が熱くなるほどの感動を覚えた。
「さすがだよ、仁。ここまではっきりとした世界を設計できるなんて。やはり君の想像力は素晴らしい」
そう言い、仁の背後から声をかける人物がいる。
その男性にしては高い声は愛のものだった。
仁は振り返り、愛の声のほうをみる。
そこに立っていたのはあの白猫ではなく、人間の姿をした
そう、彼は人間の姿をしていた。
成長した人間の姿だ。
仁の記憶にある愛が青年へと成長したものと思われる。
そして彼はかつての帝国陸軍の軍服を着ていた。
ただ特筆すべきはその軍服の色だ。
まるで闇を切りとったように黒い。
彼は漆黒の軍服を着用して仁の前に立っていた。
「愛、その姿は……」
震える声で仁は言った。
「ああ、この姿かい。これは君の
愛は言った。
そう言い、左の腰にぶらさげた日本刀をなでた。
「幻想世界で死神は
愛はその大きな女性的な瞳で仁の目をみつめ、そう言った。
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