第27話

橘一季は、この老人は間違いなく弘美だと思った。いや、彼がそう告白したのだ。あの日以後、何度も会っていたが、全然気づかなかった。

私って、そんなに鈍感じゃないんだけどなぁ、と彼女はちょっと首をひねった。若い弘美に会っている時には、彼女自身の記憶の中からこの老人の存在は消されていたような気がした。今、その消されていた記憶が取り戻されたような気がした。しかし、彼女にそうされていたという確たる証拠はなかったのだが。

一季は老人の後をついて行きながら後姿を観察した。肩の張り、背中の形、そして背の高さが、やはり弘美にそつくりだった。でも、この弘美に似た老人に、そのことを問いただす勇気はなかった。

でも・・・この人が弘美だとしたら、どうしてこんなに歳を取ってしまったの?二人の同一人物が、私の前に存在したことになる。

「なぜ・・・?」

彼女はこの疑問に答えを出そうと考えたが、そう簡単に回答が浮かんで来ない。彼女は老人の後を着いて行きながら、何処へ行こうとしているのか見当が付いた。堤防から川原の方に下りて行く。川原の砂や石ころ、草についた埃などが多量の水によって洗い流され、空気中の靄やほこりをあの台風が取り払ってくれたのか、目に眩しいくらいの輝きを放っていた。やはり・・・。

「ここだよ」

老いた弘美が後ろを振り返り、生い茂る雑草の中に入るように促した。

ここは、一季が老人・・・違う、老いた弘美と初めて会った場所だった。少しも変わっていなかった。あの台風で、この辺りの風景は変わってしまったと思ったが、ここだけが、そのままの姿・・・光景が、なぜか残っていた。

「ここ・・・全然変わっていないね。すごい川の水嵩だったのに」

彼女が老人を見ると、にこりと笑っていた。

「それは、私が・・・」

老人は、

「いや、そうじゃない。君が、当たり前のことを聞いてからだよ」

「当たり前?」

「だって、ここは・・・少なくとも、この辺りは今僕の住んでいる土地なんだから」

「こっちだよ」

老いた弘美は生い茂る雑草の中に入るように手招きをした。ちょっと怖い気がしたが、ここまで来たら、彼女は拒絶する気はなかった。彼女の疑問に思っていることや知りたいことが分かるような気がしたのである。一番気になるのは、この老人は、弘美と言っていいと思うが、彼が誰になのかという疑問と興味だった。

「あっ、これは!」

そこには、あの乗り物が、数か月前に見たままあった。この時間では七色の光ってはいなかったが、乗り物そのものは、彼女があの時見た奴だった。

「見覚え・・・あるね!」

老いた弘美は一季の顔色を窺っている。

「・・・」

一季は言葉に出さなかったが、こくりと頷いた。

「中に入って!」

老いた弘美はドアを開けた。というより、彼が手を上げると、ドアが開いたのである。

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