第25話
橘一季は夢を見ているような気分で、頭の中は真っ暗な空洞だった。昨夜の台風までも、本当はやって来なかった錯覚に陥ってしまった。しかし、台風は確かに通り過ぎて行った。しかも、昨日の台風は、この辺りに甚大な被害を与えたのは事実だった。
氾濫した鈴鹿川からあふれ出た水はまだ完全に引いていなかった。一季は病院から学校に行くことにした。家がどうなっているのか心配だったが、それ以上に学校に置いてあるみんなで作った宇宙船がどうなったかが気掛かりだったのである。入院している父の世話は看護師さんにお願いして、昼には母英子と弟のたかしは家に帰った。水は引いていたが、一階は泥だらけで、とても生活出来る状態ではないということだった。それでも、二階までは水に浸ることはなかったようだ。
一季は気になることを聞いた。
弘美・・・と言おうとしたが、
「弘美・・・ミャーは?」
と聞き直した。こうして話すことは出来るのだが、相手が何処にいるのか全く見当がつかなかった。
だが、弘美の返事はなかった。一季は富田駅前の公衆電話から家に電話を掛けた。つながるかどうか心配だったが、つながった。
「ミャー・・・」
少ししてから、
「ミャー・・・いないね。見ないね。その内何処からか出て来るから」
英子の明るい声が聞こえて来た。
「そんなことより、今日は道草しないでも早く帰って来てね。手伝ってもらいたいことが沢山あるから」
「う、うん」
一季は力無い返事をした。
鈴鹿川は水が濁り、激しい勢いで流れていた。北楠駅から家までの道はまだ水に浸かっているのかな?駅の周りは水が浸み込んだ泥だらけで、二三メートルも歩けば、靴は泥だらけになった。一季は歩きながら、途中の道に流れている小川を思い浮かべた。普段はどんなに雨が降っても、小川の水は溢れたことはなかった。この小川の先の堤防を越えた所には、あの老人と出会った雑草の茂みがある。しかし、今は鈴鹿川の水位が増し、完全に濁流の中に埋もれているはずである。
「あっ!」
一季は叫び声を上げた。小川は水が溢れ出て、道はなくなっていた。まだ完全に水は引いていなかった。
「ああ、どうしようかな?」
この道をまっすぐ行けば、家の近くの堤防に出られる。そこからは家の周りがどんな状況なのか見ることが出来るはず。このまま水に浸かった道を進めないこともなかった。だけど、膝近くまで水に浸かってしまう。
「どうしよう・・・」
一季は迷ったあげく、引き返そうとした時、
「あっ、ミャー・・・あの人!」
と叫んでしまった。
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