第23話

 橘一季は胸騒ぎを覚えた。全部が弘美からの語り掛けであり、彼女の目に見えない状態で起こっていた。だから、耳にしたことが、確かだという証拠は何もなかった。

弘美の返事がない。弘美はどうしたの?あの声は・・・聞こえたのは本当に弘美だったのか?ちょっと変な感じだった。でも、弘美だったような気がした。

 一季の胸を騒ぎ立てるものは、他にもあった。明日は・・・どうなるのかな?弘美のアイデアによって出来た宇宙船は、台風が来るのが予測出来たから、体育館に入れておいたから心配していない。天気予報では明日・・・今日は天気になるらしいが、運動場はどうなったんだろう?もし川が氾濫していたら、水はまだ引いていないかも知れない。台風の被害によっては、体育祭は延期、もしくは今年は中止になるかもしれない。一季はいろいろ考えてしまう。それで・・・と彼女は弘美のことが急に心配になった。弘美からの返事はまだなかった。ミャー・・・は、やはりあそこに逃げ隠れていたのかな?そして、家は水に完全に浸かってしまったのかな?弘美の伝えて来たことが本当なら、二階まで水につかっているかもしれない。

 一季は両手で頭をかきむしった。何処に考えを集中していいのか分からなかった。

「一季、こんな所で何をしているの?」

 振り向くと、母英子だった。

 「すごい雨だね。家、大丈夫かな?」

 一季は、さっき弘美から伝え聞いた・・・と言おうとしたが、思い留まった。

 「何?」

 「何でもない」

 「変な子ね」

いつもの母と娘の会話だった。違うのは、今大きな台風が、ここを通過中ということだった。

 「たかしは?」

 「病棟の待合室のソファで横になっている。なかなか眠れないようだよ。家が心配!」

 「家・・・。川が近くだから」

 時間はなかなか進まない。そんな気がして、苛々する。もっともっと早く進んでも良さそうな気がした。

 「明日、学校でしょ。少し横になった方がいいよ。明日・・・もう今日ね、台風は学校に行く頃には行ってしまっているから」

 一季は母を見て、

 「うん」

 といった。その後、ロビーでうとうとと眠ってしまったようだった。

 

 朝、橘一季は学校に行った。校門の桜の木は根元から折れてしまっていた。幸いに運動場まで水は来なかったようだ。富田駅の手前にある川の水嵩から想像して、何処かの堤防は壊れたと思った。その証拠に川の水は溢れ、通学路にまだ川の水は引かずに残っていた。

 「大変、大変だよ。一季」

 水谷雪美が顔色を変え、走って来る。何か、あったようだ。彼女は慌てん坊だが、けっして人を、まして友達の一季をからかったりはしない。そのことを、一季はよく知っている。

 「どうしたの、雪美?」

 一季は雪美を抱き留めた。

 「あれがないの。体育館に置いておいた、あれ・・・作っていた宇宙船がないの」

 雪美は息を切らしている。

 「えっ!」

 一季はそれ以上の声が出なかった。

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