第21話
橘一季はロビーにいる誰かに声を掛けられたのかと思い、振り向いた。ロビーにいる人は、みんなテレビの画面を見ていて、一季がいることすら気にしていないようだった。
「ねえ、聞こえる?」
また、聞こえて来た。一季は思い切って、問い掛けた。
「誰?」
返事はない。可笑しいな、と彼女は思う。でも、確かに、聞こえた。
「僕だよ、僕!」
分からない。
「僕って、誰?」
「分からないかな、弘美、和泉弘美だよ」
「えっ!あの弘美!でも・・・」
確かに弘美の声だった。いや、弘美の声に似ていたが、大人びた声に聞こえないこともなかった。気にはなったが、
「どうしたの?何処にいるの?」
一季はそのことは聞かずに、別の気になったことを聞いた。
「今は説明している暇はないよ。今、僕は君の家の中にいるんだ。鈴鹿川が氾濫して、水が君の家の中に入って来ているんだ。急ぐんだよ」
一季の頭の中は混乱してしまった。私の家の中に水が入って来ている。でも・・・弘美が、どうして私の家の中にいるの?鈴鹿川が氾濫している?それに、そんな所にいる弘美の声が、どうして聞こえるの?彼女は冷静になろうとしたが、何に集中していいのか分からなかった。
「聞いている、夕子?」
弘美の声が聞こえて来た。もうきょろきょろと自分の周りを見ない。
「君が家に忘れたものが見つからないんだよ。いつも何処にいるの?」
「忘れたもの?」
「ミャーだよ」
「ミャー・・・!」
「そうだよ。このまま見つからないと、君の大事なミャーは大変なことになってしまうからね。どうしても、君の所に連れていかなくっちゃと思ってね」
「・・・」
一季は今の状況を理解しようとしていたけど、ますます心の中は混乱して、ミャーのことに集中出来なかった。ミャーって・・・何?
「早く!」
「ミャーって・・・」
「君の大切な猫」
「猫・・・あっ」
「早く!」
弘美の声は、彼女を急かしてくる。分かっているわよ。だれど、何が起こり、どうなっているのか、全然理解出来なかった。でも、一つだけ分かったことがある。それは、ミャーが、私の大好きな猫だということ。そして、そのミャーが、ここに、今自分の側にいないということだった。
「ミャーは・・・ミャーは・・・」
一季は、こんな時ミャーが隠れるような場所を思い出そうと懸命に考えた。
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