第20話
橘一季はこの日の夜は眠らないで、県の北医療センターのロビーに座っていた。父の病室にいると、余計に鬱陶しくなるから、いやだったのである。
「本当にR13を追わなくていいんですか?」
検事は、もうこの事件は終わったという安堵の目をしていた。関わりたくないのかも知れない。
「かれ、R13には罰を与えました。R13はもう二度とわれわれの住む時間にもどることは出来ないんです」
「どうしてですか?」
「R13はあと一度だけ自分の細胞を操り、望みの年齢の肉体を得ることが出来ますが、それが最後です。今の時間を生きる者が絶対に使用してはいけない技術で、自分の肉体を若くしたり老いらせたりするのは、法律に違反する行為なのです。だから、R13は自業自得の罰を受けさせたのです。おそらく、R13も自分の犯した罪を認識していて、私が与えた罰も予測しているはずです。彼が、最後にどの肉体を選ぶか見ものです」
検事はにんまりと笑った。
病院のロビーにあるテレビの前には二三人の入院患者らしき人が集まっていた。テレビの画面はひっきりなしに台風の状況を知らせ、事あるごとに海辺や街中などの中継を放送していた。一季は一人離れて窓の外を見ていた。それでも、テレビの音は聞こえていた。鈴鹿川の何処かが氾濫したという放送が聞こえて来た。
「えっ!ミャーは大丈夫かな・・・」
一季は鈴鹿川と聞いて、一瞬びっくりとしたが、今はそれ以上心を配る気になれなかったようだった。彼女はぼんやりと窓ガラスに打ち付ける雨の様子を見つめていた。ガラス面の当たる雨の音や風の音は怖いほどはっきりと聞こえていた。
R13は家の中に入ると、
「何処にいるんだ?出て来いよ」
といった。家の中に明かりはなく、真っ暗だった。停電だった。R13は目を大きく見開き、どんどん家に中に入って行った。洗面所の中を覗き込んだ。鏡に自分の顔が浮かんだ。R13は一瞬立ち止った。そして、両手で顔を撫でた。
私は、最後にこの細胞を選んだ・・・後悔はない、R13はうっすらと笑みを浮かべた。
「ここには、いないか」
R13は階段を上り始めた。彼はどうやら暗闇でも目が見えるらしい。
「ここだ。この一季の部屋にいるに違いない」
R13は耳をすませ、聞こえてくる音に集中した。風や雨の音がうるさい。そして、雨戸の激しく打ち付けるガタン、ゴトゴトとたえず聞こえて来て、静かになる瞬間がなかった。
いないのかな?R13は独り言をいった。
「ねえ、聞こえる?」
橘一季は突然何処からか聞こえて来た声にびっくりした。
「誰?」
きょろきょろと周りを見回しても、それらしき声の主はいなかった。
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