第16話

母英子は、弟たかしの朝の支度とかに時間を取られていたため、一季と一緒に三者面談には行けなかった。

「先に行っていて。たかしを学校に送り出した後、急いで行くから」

という英子の言葉を信じて、一季は学校の校門で待っていた。

一季は時計を何度も見ながら、間に合うのか心配したが、ぎりぎり駅から走って来る母を見て、ほっとした。もっとも母がいなくても、何ら問題なく三者面談は始まり終わるのは、一季も知っていた。母が来るのが遅れても、順番をずらすだけのことである。

だから、一季の気掛かりは三者面談に母が間に合うかではなく、朝の電車の中でいなくなった老人のことばかり考えていた。三者面談を終え、母と一緒に帰る時、ぼけっとして電車内をきょろきょろと見ている一季を見て、

「一季。どうしたの?誰かを探しているの?雪美ちゃんなら、向こうの車両に乗っているじゃない」」

と、英子が一季の肩を叩いて聞いて来た。英子も娘の見ている方に目をやっている。

「何?どうしたの?雪美がどうしたの?」

反対に一季が驚いた目をして、聞き返して来たので、英子は、

「聞いているのは、こっち。どうしたの?式の時から、あんた・・・変よ」

と言ってきた。

一季は母を睨んだが、思い当る節があるので、何も言い返さなかった。ひょっとして、あの老人が乗っているかもしれないと思ったのだが、たとえ乗っていたとしても、入学式を終えた生徒で、車内はあまりに混み過ぎていた。一旦四日市駅で降りると、母と別れて雪美と一緒にアーケイド街をぶらつくことにした。もちろん彼女の母も雪美のお母さんも先に帰ってもらった。

何もやるでもなかった。一季の方から誘ったのだが、まだあの老人のことが気になって仕方がなかった。もやもや気分が体の中に充満していた。こんな時には、西口を出てワンブロック先にある博物館の前の芝生に座り込む気分にはなれなかった。

「ねぇ」

といって、一季はアーケイド街の南側の通りに設置してある長椅子に座った。通常はバス待ちの人が座るのだが、特に朝の通勤、または通学の学生たちが陣取る。でも、この時間は歩き疲れた人が座り、一休みする。

「何?」

雪美も座った。

「私ねぇ、この間、変な老人に会ったの」

一季はいった後、雪美の顔をちらっと見た。

「老人・・・!」

雪美はどう答えていいのか、戸惑っている様子だった。

一季は手短に老人に会った時の成り行きを話した。彼女には、この話を信じてもらえるとは思っていなかった。何だか突然誰かに話したい気分になったのである。このまま、自分の心の中に持ち続けるのには耐えられなかったのである。

「信じる?」

一季は雪美の反応を待った。

雪美は、うん、と頷いた。

一季はほっとした気分になった。話して、良かったと思った。でも、それ以上どうこうすることも出来ない。他人には、大した出来事でないかも知れない。一季には、雪美が頷いてくれたのが、何よりも嬉しかった。

この日以後、橘一季は老人を時々見かけた。その都度、老人を追い掛けて行った。ある時は、雪美と一緒だったこともあった。また、時には一か月以上も見かけないこともあった。会わないと、なぜかすごく寂しい気持ちになった。

気になる存在だったが、その気持ちがどういうものなのか、一季には分からなかったし、これは・・・ひょっとして・・・と考えることもなかった。それは、歳の離れた老人だったこともある。


そんな日々の最中、一季は電車の中で和泉弘美に出会ったのである。

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