第15話

老人は一季と目を合わせ、少し黄色くなった歯を見せた。そして、ゆっくりと頷いた。

「あの日、あなたと会った後の記憶が、私にはないんですけど?あれから、私、どうしたんですか?」

一季は老人がどう反応するのか、すごく興味があった。老人はその時の事情を知っていると思ったからである。だから、彼女は老人の顔を覗き込んだ。

老人はにこりと笑みを見せた。

「あの後、君は気を失ってしまったんだよ。私はびっくりして、どうしたものかと迷ってしまった。君を、そのままにして置けないからね。君の家・・・君の部屋といった方がいいのかな。とにかく、君を連れて行った。あのままでは、川風で体が冷えて、風邪をひいてしまうかも知れなかったからね」

「待って、待って下さい。私の部屋にどうして入ったの?その次の日の朝、お母さん、私が起きて来たことに少しの不審感も持っていなかったみたい。その証拠に、お母さん、何も言って来なかったもの」

老人は一季を見たまま、黙ってしまった。どこか笑っているようにも見えた。一季には、この老人が楽しんでいるようにさえ見えた。何が楽しいのか、彼女にはさっぱり分からなかったのだが、

「どうしたんだね?眠いのかな?」

老人は一季の肩に手を置き、揺すって来た。

「眠い・・・そんなことはない。だって、今から学校だもの。それより、私の聞いたことに答えて」

一季は老人を見て、頷いた。

「本当のことを、そんなに知りたいかい?仕方がないね。それでは教えてあげよう。あの時・・・」

鼻を突く匂いは、彼女の体の中にどんどん入り込んで来ていた。でも、不思議なことに老人の話している声ははっきりと聞こえて来ていた。

「私は君を抱き、時間の流れの中に入ったんだ。どういうことかって?今はそんなことは聞かなくていい。君をあのまま一人で帰すわけにはいかなかった。だから、ちょっと危険な行為だったけれど、君を連れ、時間の中に入ったんだよ。一つ言い添えると、普通の人は、たとえ私と一緒であっても、時間の流れの中に入ることは出来ないんだ」

一季は聞いた。

「私だから・・・!どうして?」

「だから、行ったはずだよ。もう一つの疑問。私が会いたいと思っている人に会えたと」

一季には老人の言っている意味がよく理解出来なかった。

「私は・・・・どう説明したらいいんだろう?まあ、いいか。その内、君に気付いてもらえるだろう。もうすぐ駅に着くよ」

老人はこう言うと、立ち上がった。彼女の鼻を突いていた匂いが急に薄くなり、やがて消えてしまった。

彼女は淡い眠りから目覚めた快い気持ちになっていた。

(ここは・・・何処?)

一季はしばらく周りをキョロキョロ見回し、自分が今何処にいるのか確認しようとした。

(一季の回想は、もう少し続きます。忘れ去っていた想いが一気に蘇ってきているようです)

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