第12話
倒れていたのは、男の人だった。若いという印象はなく、明らかに老人だった。
「この人は・・・」
一季にははっきりと覚えがあった。一季は、一瞬このまま逃げてしまおうかと思った。だって、怖くなったのである。空を見上げると、電車を降りた時よりは、ずっと暗くなっていた。駅を降り東に行くと、駐在所がある。思い切って駐在所まで走って行って、人が倒れていますと、知らせに走ろうかと思った。
「それがいいかも・・・」
と、決め、その場を離れようとした時、その老人が動いたのである。
「待って下さい。誰にも知らせに行かないで!」
一季はピクリとした。この人、生きていると彼女は一瞬疑った。一目見て、死んでいると思ったわけではない。ただ、状況が状況だけに、余りいい印象はなかったのである。それに、この人、私の心を読んでいる、と彼女はまた疑り深い目で顔を上げた男を見た。
彼女の足はすくんでしまって、動けなかった。
「大丈夫ですか?」
と夕子は恐る恐る声を掛けた。
夕子は老人に近付いた。この時、彼女は鼻に快い匂いを感じた。彼女には、その匂いが確かなものだったのか、匂いがしたように感じただけなのか、よく分からない。しかし、その匂いはずっと彼女の記憶の底にこびりついてしまった。
「だ、大丈夫です。もう大丈夫です」
というと、その老人は立ち上がった。
そして、ゆっくりとした動きをしながら、いつの間にかすっかり暗くなった空を見上げた。
「何を探しているんですか?」
と一季は聞いた。彼女にはそう見えたのである。
「ええ、僕が乗って来た乗り物が何処にも見当たらないんです」
「乗り物?」
一季は、あれ・・・と思い当るものがあった。でも、彼女はそのことを口には出さなかった。七色の光るもの・・・。彼女は自分の見たものに自信があった。それに、この老人が探している乗り物が、彼女の見た七色の光るものだとは確信出来なかったからだった。だから、何処の何者か分からない老人に、自分が見たものを話す気にはなれなかった。「あなたは、誰ですか?」
一季はちょっと変な聞き方をしてしまった。こんな時、普通あなたはどうしてこんな場所にいるのですか、と聞くのが本当だと思うからである。
老人は用心深い目で一季を睨んだ。彼女は睨まれ、ピクリとした。だけど、すぐに優しい笑顔で、
「私は、ずっと遠い未来から来たのです」
と答えた。
一季の鼻をまたあの匂いがついた。彼女の体はふわりと宙に舞ったような気分になり一瞬気を失いそうになった。
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