第9話

「R13が脱出しました」

 この知らせを受けた若い担当の検事は冷静に受け取った。

 「何処へ行きましたか?R13の行き場所は分かっていますね」

 「ええ、おおよそ・・・推測できます」

 検事は知らせに来た二人の特別衛兵警察官に背を向けていた。彼らは次の指示を受けるために、テーブルの前に立っていた。

 「良いでしょう。後ほど指示を出します。一旦、私がやりますから、引き取って下さい」

 検事は二人の方を振り向かなかった。特別衛兵警察官が出て行くと、検事は振り返り、検事の椅子に座った。

 「もう・・・R13には罰を処してある。後を追う必要はないでしょう」

 若い検事は椅子をぐるりと回し、窓の外に目をやった。嵐はもうそこまでやって来ていた。


 橘一季は、富田駅の改札口の前にある長椅子に座り、五郎を待っていた。

「もうそろそろ来るはずだけどなあ」

一季は、あの人はきっと来ると信じていた。携帯電話を取り出し、時間を確かめた。午後6時になろうとしていた。

 「遅い・・・」

一季は苛立って来た。

(もう、来てもいいはずだけど・・・)

まだ来ない。五郎の帰る方法は、電車しかないんだけど・・・。最も、五郎が何処まで帰るのか、一季は知らない。

この時間になると、暗くなり始めていた。しかも、雲の動く勢いはますます速くなり、雲の色もだんだん黒くなって来ていた。平らだった雲も、次第にでこぼこが激しくなって来た。彼女にはそう見えた。でも、可笑しなことに、まだ雨は降って来なかったし、風も気になるほど強くはなかった。

 「よっ、こんな所で何をやってるの。誰かを待っているのか?」

 一季は掛けられた声にびっくりし、後ろを振り返った。生島五郎が彼女の顔を覗き込むようにし、一季の前に現れたのである。

 「何をやってるのって言ったね」

 一季は五郎を睨み、あんたを待っていたのと言いたかったが、そんなことを約束していなかったのだから黙ったままだ。自分がかってに五郎を待っていたんだから、腹を立てる方が間違っていると自覚し、彼女はこの苛立つ気持ちを抑えた。だから、彼女は笑って誤魔化した。

 「一人で、いろいろと考えることがあったの。私のことより五郎はどうしたの?こんなに遅く。いつもはもっと早くかえっているんじゃないの?」

 夕子は立ち上がり、改札口に歩き始めた。

 「そうだよ。今日は、先生に話があってね」

 五郎も一季の後に続いた。

 「話・・・?」

 「俺・・・転校しなくちゃならないかも知れない」

 一季は足を止めた。

 「いつ?」

 「明日」

 「明日・・・どういうこと?」

 「学校からいなくなるということだよ」

 五郎は平然と言った。

 「そんなこと、分かっているわよ。明日、体育祭なんだよ」

 「そんなことに関係なく、転校さ」

 「なぜ?」

 「理由・・・そうだな、俺にとって、命に係わるような重大な事情でだよ。命は少しオーバーかな。いや、決してオーバーではないんだけどね。まあ、俺の一生を左右することが起こるんだよ。もう、すぐに・・・」

 高見一季は空に目を向けた。雲はそれなりの速さで流れていた。明日の体育祭は雨が降るのか、台風が急に進路方向を変え、何処かに行ってしまうのか、それともなんとか持ち直すのか、彼女には分からなかった。持ち直すといえば、父の病気も心配だった。

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