第8話

学校に来た時だけは、家族の心配ごとは考えないようにしていた。しかし、今度の父の入院はそうはいかなかった。

 「どうしたの?元気ないね」

水谷雪美は夕子の前の椅子に座った。

「そんなこと、ないよ」

と、一季は答え、雪美の肩をつついた。

「ふふっ」

と、一季は笑った。

一季は教室の後ろに目をやった。みんなで作っているペーパーフラワーが山積みになっている。もう、ほとんど出来上がっている。これらを体育館に置いてある宇宙船の骨組みにくっつけるだけだ。準備か出来たって・・・ことだ。

今さら天気予報も気になしても仕方がない。小雨なら体育祭は決行するらしい。雨が降ってきたら、ペーパーフラワーだから、みんなで作った意味がない。何かしら危機が迫っているような気がして落ち着かない。

一季は、

「それではいけない」

と、思っている。自分がみんなの気持ちを押し下げてはいけないのだが、父の入院ということもあり、特に気持ちが大きく揺れていた。


橘一季は和泉弘美に会いたくなった。学校で毎日話さないまでも、必ず一度や二度は見掛けている。帰りの時間が合えば、一緒に帰り、話したりしていた。しかし、ここしばらくは、会って話すことも見かけることもなかったのである。そんな毎日がぎこちなく感じ、欲求不満になるような状況に陥っていた。もちろん、父が入院し、気掛かりだったこともある。

一季は富田の駅で、弘美が来るのを待った。ここで弘美待って、一緒に帰ろうと思ったのである。その先のことは何も考えてなかった。とにかく弘美に会いたかったのである。


R13は目をつぶった。

弘美は彼女・・・一季を見て、微笑んだ。この子は、私を必ず待っている、と思っていた。その日は、今日しかないはずだった。今日、私はまたあの子に会いに行かなくてはならない。だから、あの子は無意識にそれは分かっていて、きっと私を待ってくれているはずである。

R13は目をキッと開け、また窓の外に目を向けた。

「明日は、大きな嵐になりますね」

「嵐?」

若い検事も窓の外を見た。

「なるほど・・・そうかもしれませんね。でも、今の時代の私たちは、嵐など恐れることはありません。確か・・・あなたが行った時代は、まだ自然の偉大さ、恐ろしさを十分味わっていたのではありませんか?」

R13は若い検事を見て、頷いた。確かに、今、自然は人間に支配されつつある。それで、いいんだろうか、と彼は思うことがあった。

「今の時代の方が、異常といった方がいいかも知れませんね、検事さん」

「ほっ」

若い検事は一回笑ったが、すぐに真顔に戻った。大罪を犯した被告と話すべきことではないと思ったようだ。この間も、R13は窓から見える空を、時々見ていた。

R13の瞳が一瞬動いた。

「あっ・・・」

 まだ空が完全に嵐の雲に覆われていないのに、稲妻が走ったのが見えた。

 「おやっ、どうしました?」

 若い検事はR13の異変に気付いた。

 R13は黙ったままだった。急がなくては・・・いけない、と彼は考えた。もうこの若い検事と遊んでいる時間はない。

(どうする・・・)

R13は目をつぶった。

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