第5話

「この日記を書いた人は非常に充実した一生を送ったようですね」

若い検事はR13から目を離さず、その心の動きを読み取ろうとしていた。

R13は窓から見える空を見続けていた。

「雨・・・?」

「何ですか?何か、言いました?」

しばらく・・・沈黙があった。若い検事には少し重苦しい状態だったに違いない。


体育祭は三日後だった。遅れていたペーパーフラワーも教室の後ろに山積みになっていた。一部はもう着色に入っていた。

これだと、ぎりぎり間に合いそうだった。しかし、一季には気になることがあった。

「大丈夫かな?」

一季は机に肘を着き、空を眺めていた。

「何が、なの?」

水谷雪美も空を見た。

「天気予報見なかった?」

「見てない」

「台風が来ているんだって」

「台風?まさか・・・まじ!」

雪美は立ち上がって、空の様子を見つめた。秋の青空は少しだけ見えていたが、雲がどこへ行こうとしているのか、南西から北東に慌てた様子で走っていた。人間にはどうすることも出来ないことだが、気にすると、本当に台風がやってきそう思えて来た。

「来るのかな?来たら、やばいね」

「そう。本当に、やばい」

一季は言ったが、元気がなかった。


「雨が降っています」

R13は傍にいる検事を無視していた。

「どうしました?」

しばらく沈黙があった。若い検事は今の状況を嫌った。だから、

「日記の続きは・・・」

と読み始めた。

「あの子は、台風、やって来るのかな?と心配していた。残念だけど、台風はやって来るんだよ、と言ってやりたかった。でも、言えなかった。未来の事実は過去の事実と同じように変えられないんだから。でも、あの子の哀しい顔を見るのは耐えられないことだった。一層、未来を変えてしまえとも思ったりもする。あの子のクラスのみんなが作った薄いペーパーの宇宙船。見るからにもろいもの。あんなもの、作ってどうなるの?どうしようとするの?彼らの表情を見ていると、みんな笑いながら一生懸命作っている。もうじき・・・多分体育祭の前日までには出来上がるだろう。彼らの喜ぶ姿が想像できる。まあ、時は止まらない。止まってはくれない。だから、私は、やるしかないと思っている」

検事は読み終えると、R13の反応を読み取ろうとした。

R13は黙っていた。まだ雲の動きを見たままだった。

「君・・・最高検察官」

若い検事は居丈高に呼びかけた。

「むっ」

R13は、若い検事の方を振り向いた。

「こっちを向いてくれて、有難う。君は、あなたは、今の自分の立場をよく認識しているのかね。いいかね、君はやってはいけない罪を犯したんだ。今の時代・・・人間を殺すことは、それ程の罪ではない。君はそれより重大な罪をやってしまったのだよ。君の先祖は、あの時代の最大の罪である人を殺した。そして、今度は、この時代の最大の罪である、あの時代の人と、もちろん女性だが、関係を持ってしまったのだよ、自分がやってしまった罪悪の残酷さをよく理解してほしい」

若い検事は立ち上がり、R13の周りを、カッカッと歩き始めた。

「私は自分のやったことを認識しています。だけど、けっして後悔はしていません」

R13は言い切った。

「有難う。私は、君の覚悟の良さに敬意を表すよ」

若い検事は軽く会釈をした。

「君の罪は、分かっていると思うけど、君が好んで行った時代に、ひっそりと行き、自分の肉体の細胞を若返らせたことにあるんだ。しかも、その若くなった細胞のまま、生活をしたのはどんな理由があったのか?もう、理由などどうでもいいことなんだがね。君はこの時代から追放となるんだ。その時から、君は単なる時間の旅行者じゃなくなる。そこでだが、聞きたい。なぜだね。なぜ、そうする必要があったのか?話してくれないか。いずれにしろ、調書には君をそうさせた動機がひつようなものでね」

若い検事はまた椅子に座った。座り慣れた椅子のようで、検事は手を前で組んで、指をくねくねと動かしていた。

「この日記の作者は間違いなく、君なんだ。だから、聞くんだ。真実を知りたい。この日に日記には、私はやるしかないと決めているようだが、あなたは何をやろうとしているんだね。何をやるか・・・この日記には書いていないんだ。まさか・・・」


橘一季は体育祭の準備をみんなに任せ、家に向かっていた。父忠の病気が急変し、救急車で県の北療養センターに運ばれたと連絡が入ったのだった。


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