第4話

その夜、橘一季はなかなか眠れなかった。深刻な悩みなら、かえって反対にすぐに眠ってしまうのだが、今回は、そこまで深刻ではない。あれこれいろいろ考えても、どうしようもないのだから。そう考えると、すぐに眠れてしまう。何処かで見たような気がするんだけどな、とまた考えている自分に気付いた。

「気になるなぁ」

一季は、今度は声を出した。彼女は自分の頭の中で時間を戻し始めた。しかし、当然そこには限界があった。毎日のことは容易に思い出すことが出来るのだが、そこに五郎が描いたような宇宙船の絵はなかった。

明日、みんなと相談して決めようと思った。

「もう、寝よう」

気にはなるが、その内思い出すだろう、と彼女は諦めた。体育祭も近付いて来ていたので、そろそろ何かを作り始めなければならなかった。五郎の描いた宇宙船の形も面白かったので、みんなも賛成してくれるに違いない、と一季は思った。

次の日、朝一番に教室に入り、水谷雪美が来ると、真っ先に、こんなのどう、と相談した。最初、

「何、これ?」

と、笑って言ったが、

夕子が、

「宇宙船」

というと、すぐに面白いと言って賛成した。

夕一季は雪美の賛成を取れれば、いいと思っていたが、もう一人、鈴木二郎にも賛成をもらう必要があった。それは、彼はクラスの委員ではないが、クラスの指導的役割をしていた。一季と同じようにクラスの役員をしているわけではなかったのだが。

「どう思う?」

一限目の授業が始まる五分前に、よっ、と手を高く上げ、教室に入って来た。いつもの時間通りである。

「来るの、遅いわよ。待っていたのよ。話があるの」

一季は鈴木二郎を手招きした。

「何だ?俺はいつもの時間通りに来たんだ」

クラスで相談することがある時、二郎は決まっていなくなる。体育祭の決め事の時もいなかった。だから、どうしても二郎を引き込む必要があった。二郎の様子を気にしていると、意外と素直に一季と雪美がいる傍までやって来た。

「多分、少しは興味があると思うんだけど、体育祭が迫っているじゃないの。なのに、何をクラスの飾りにするのか、まだ決まっていないけど、気にならない。まあ、クラスのモチーフ、てことね」

一季は二郎を話に誘い込もうとした。

(乗って来るか?)

一季は雪美と顔を見合わせた。

「何だ、そんなことか」

二郎は中途半端な答え方をした。

「何だとは、何よ」

一季は声を張り上げた。彼女は時々場所をわきまえずに、声を上げる。始業前でざわめいていた教室が一瞬静かになったが、またすぐに元のざわざわに戻った。

一限目の授業のチャイムが鳴った。

「体育祭が近付いているのよ。二郎君は、うちのクラスなのよ」

といって、一季は一旦自分の席に戻った。二郎の席は夕子の前だった。彼女は出来るだけ早く結論を出し、準備に取り掛かろうと思っている。

夕子は二郎の大きく背中を叩き、メモを渡した。メモと一緒に、生島五郎の描いた宇宙船の絵を二郎に渡した。

今度、体育祭の飾りは宇宙船で行くよ、そう決めたから。もうみんなの意見を聞いている時間はないんだから。

夕子の文面は、そう決めたからね、と断定していた。

何も悪いと言っていない。いいじゃないか。だけど、どうやって、作る、というメモの返信が来た。

一季は、竹で宇宙船の骨組みを作り、ペーパーフラワーをくっつけて行くだけ。そして、そのペーパーフラワーに色を吹き付けるの、と少し長い文面の返信をした。


そして、その時、絶対にやってはいけないことがあった。

「君も、それは分かっていたはずだがね」

検事は語気を強めた。

R13は検事に顔を向けなかった。その法律は、かれも良く知っていた。


橘一季は次の日から本格的に体育祭の準備に取り掛かった。2年C組全員が取り掛かった。体育祭まで一週間なかったのである。宇宙船の骨組みの方は男子に任せ、女子はぺーパーフラワーづくりに専念した。授業の合間の一〇分の休憩、昼の休みに手の空いているものは、男子もペーパーフラワーを作った。


だが、R13は後悔していなかった。R13は口を開きかけた。この気持ちを堂々と検事に話したい気分に一瞬なった。

「最高検察官、何かね?」

若い検事がそんな被告の気持ちを読み取ったのか、顔の表情を緩めた。

「何か、言いたいことがあるのかね?」

R13は表情を険しくし、若い検事を睨んだ。

「言いたいことなんて、何もありませんね」

R13は確かに話したい気分になった。しかし、彼は口を開かなかった。最後の所で留まった。

「R13、その時代で何があったか、話してもいい時ではないのかな」

若い検事は穏やかな口調で言った。

「あなたが、その時代で何をやったかは大して問題ではないんだ。君の罪はそんなことではないんだからな。この日記でどのような出来事が起こったのか、大体の所は分かる。われわれは、それ以上のことは知りたいとは全く思わない。日記というのは、概ね、個人の感情が入り込む。だから、理解に苦しみ、読む者は想像を働かすしかないことが多い。これは、書く者にも読む者にも、けっして悪いことではない。むしろ、大いに楽しいことなんだ」

若い検事は日記のページを開けた。そして、彼は落ち着いた調子で読んだ。

「十月三日、曇り」

若い検事は日記から顔を上げ、R13を見た。

「続きを・・・読みますよ」

若い検事はR13の反応を読み取ろうとした。

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