第3話
「ねえ、五郎くん」
橘一季はホームの長い椅子に座り、電車を待っている。横に座っている五郎をちらっと見た。彼女は結局五郎に告白は出来なかったのだが、こうして学校の行き帰りに話す機会を時々持つようになった。
一季は少し五郎の方に体を傾けた。すると、鼻に快い匂いが漂ってきた。その何とも言えない匂いが鼻の奥から頭の中に突き上げて来た。気持ち悪くなくのではなく、このまま眠ってしまいたくなる不思議な感覚に陥ってしまう。
「今度の体育祭で、私のクラスの待機場所に、ペーパーフラワーで飾った宇宙船をつくることにしたの。どう思う?」
一季は懸命に眠くなるのを我慢した。
「そうなんだ。いいじゃないの」
五郎は一季に微笑んだ。
「でも、どんな形にしたらいいのか、クラスの意見が纏まらないの。大体、宇宙船なんて、実際は見たことが無い人ばかりなんだから。テレビのヒーローものとかSFものなんかで出て来るのはあるけど、もっとみんなが驚くような形がないのかなと思っているの、私は」
一季は五郎に助けを求めているのではない。今、クラスで討論して、結論を出そうとしている。体育祭まで日がなくなって来ているから、そろそろ結論を出さなくてはと思っている。彼女は役員ではないから、余計な心配もしなくていいんだが、根っからの出たがり屋だから仕方がない。一季は続けて言う。
「俺はお前のクラスと違うんだから関係ないなんて言わないでよ。俺のクラスはどうやら怪獣を作るらしい。なんか、そんなことを言っていたような気がする」
五郎はそんなことには興味がないようだ。黙って一季の話を聞いている方が多い。彼女はしゃべり出すと止まらない。
「私のクラスでもそんな意見があったけど、結局まとまらなかった。正直、みんなの意見を聞いていると、まとまるのかなと思う。みんな、自分かってなんだから・・・」
一季は気落ちした気分になった。普段はなかなか落ち込まないんだが、五郎と話すようになって、時々くじけてしまう。
(わたしは・・・この人を頼りにしているのかな・・・)
とか、かってに考えてしまう。真剣にいろいろ考えれば、生きているのが嫌になってしまう。彼女は今そんな気持ちだった。
「まあ、そんなに慌てる必要はないと思うよ。俺なんか、余り興味が無かったから、クラスでは何も発言しなかったんだけど、なんだ・・・その宇宙船のことだけど、これからどんどん宇宙へ飛んで行くようになるんだから。今実際に飛んでいるディスカバリーというらしいね、それでいいんじゃない。あっ、電車、来たね」
宇治山田行きの急行が来た。クラブとかなければ、この急行に乗ることが多い。
「乗る?」
一季は五郎を見た。
五郎は頷き、
「あぁ」
と言って、先に電車に乗り込んだ。急行の次の停車駅は四日市だった。まだ混み合う時間ではなかった。一季は窓際の座席に座った。一季は広がったスカートを寄せた。五郎は彼女の横に座った。
「すぐに帰るの?」
一季は聞いた。富田駅から四日市駅までは十分も掛からない。立っていてもいいのだが、五郎と同じに座りたかったのだ。理由はない。というより、良く分からなかった。
「いや、ちょっとぶらつくつもり」
「そうなの。ねぇ、私もいい?」
「かまわないよ」
五郎は答えた。
一季は五郎が断ると思ったのだが、意外とあっさり承諾した。彼女は五郎が四日市駅付近のどんな所に行くのか、興味があった。彼女が知る五郎は、学校の行き帰りと学校で時々見かける。それ以外なかった。五郎が何処に住んでいるのかも知らない。彼女には知るすべがなかったである。
四日市駅で降り、一季は五郎がどっちに向かうのか、待った。東口はアーケイドのある商店街がたくさんあるが、立ち止まる人は少ない。西口には博物館、ホテル、大型のショッピングセンターが一つひっそりとある。それとも、駅にくっ付いている百貨店の一階をぶらつくのか?
五郎は迷うことなく西口の方に向かって行った。一季は、何処へ行くの、と聞こうと思ったが、黙って付いて行くことにした。もともとそのつもりだったから。
「ここ、良く来るの?」
一季は聞いた。博物館とショッピングセンターは隣接していたが、その前には噴水のある公園があった。五郎はその噴水の近くの芝生に座った。一季も五郎の横に座った。緑の芝生も気持ち良かったが、緩やかな風にのってくる噴水の無数の水滴も良かった。
「ここにはよく来るよ」
五郎は眩しそうに目を細め、空を見上げた。
一季は、
こんな気分になったのは久し振りのような気がした。いつごろからざわざわした落ち着きのない時間を過ごして来たような気がした。彼女はふぅっとこれまでの自分を思い返してみた。
いろいろな出来事が一瞬で彼女の脳裏を過った。
一季はため息をついた。
「どうした?」
五郎が笑って言った。
「別に、何でもないよ」
と、彼女は芝生の草を抜いた。
「ところで、さっき言っていた体育祭で作ると決まった宇宙船だけど、どんな形にすればいい?」
一季は空を見上げた。青い空を背景に、白い筋雲の線が何重にも描かれていた。
「普通ので、いいんじゃないの。さっきの・・・ディスカバリーでも・・・」
五郎も、彼女と同じように草をむしって投げ捨てた。
「その普通が、だめなのね。この、何て言うのか、ニュースなんかで見るのではなく、珍しいもの・・・インパクトがあるものがいいんだけど」
「珍しいもの・・・今の時代に、か?」
「今の時代・・・」
一季は声を出して、笑った。五郎の言ったことが余りに可笑しかったからである。まるで、今の時代に生きている人ではないみたいだったからである。でも、そのことは追及しなかった。
「そう・・・なの。多分、みんな在り来たりのアイデアしか出さないと思うから」
一季は改めて五郎を見た。どことなく顔の骨格がクラスの男の子とは違うみたいに見えた。生物教室に人間の骨格のモデルがあったが、興味があって見ていたのではないが、自然と目にしているから頭の中にこびり付いてしまっている。それと見比べて見ても、どこかちょっと違うような気がした。しかし、そんなことを問い詰める気はなかった。大体、彼女の漠然とした印象だった。
「そうか。そうだな。ないこともないんだが・・・」
五郎は言った。
「いいアイデアがあるんだ?」
一季は背筋を伸ばした。
「ノート、出してみな」
一季はバッグを開け、数学のノートの最後のページを開けて、弘美に渡した。
五郎は自分のバッグからボールペンを取り出し、手慣れた手つきで書き始めた。
一季は五郎が描く宇宙船を見て、確かに珍しい形をした乗り物だと思った。風を切って走るかっこいい形ではなかった。また、人が乗る船や自動車の形でもなかった。それでも、彼女は何処かで見たような記憶があった。
一季はちょっと首をひねった。すごく気になって仕方がなかった。
書き終わると、五郎が、
「どうした?」
と聞いてきた。
「う、うん。何でもない。何処かで見たような・・・気のせいね」
一季ははっきりしない返事をした。
「見たことがあるのか?」
「えっ、うん」
五郎は笑った。
「その内、思い出すから。余り気にするな」
五郎は空を見上げた。真っ青な空が広がっていた。気持ちはよかったが、残暑で暑くもあった。
R13は別に返事に窮している様子ではなかった。彼は検事から目を逸らさなかった。しかし、彼をよく観察すると、夢を見ているような少し虚ろな表情をしていた。
「どうしたのですか?もと最高検察官、答えて下さい」
検事はR13の視線の先を見た。青い空があった。
「何か、見えますか?」
若い検事は聞いた。
「何も・・・。ただ、いつの時代も、空の色は変わらないと感心をしています」
「ほっ」
元最高検察官はうっすらと笑みを浮かべた。
「そういえば、台風が近づいているようですね。相当大きいとのことです」
検事は空の彼方の方を見たが、そんな様子はなかった。
「大きい台風でした。私も体験しましたが、あんなに凄いのは初めてでした」
「えっ。あぁ、あなたが行ったあの時代で体験した台風ですね。そんなに凄かったですか?あぁ、その台風は記録に残っているようですね」
R13は頷いた。しかし、彼の目は一瞬二三回震えたが、依然として空を見たままだつた。
「どうかしました?何か・・・懐かしんで見えるようですね」
若い検事はR13の表情というか潤んだような目を見て、言った。
「そう見えますか?」
R13は依然として空を見ていた。
「見えますよ。また、あの時代に行きたい、行くつもりがあるんですか?あの時代に追放していただきたい」
この時、R13は顔色を変えた。検事は続けて、R13に言った。
「あの時代の何処がそんなにいいのですか?あの時代ほど未熟でけしからん時代はないんですよ。それが未来の私たちの評価です。これは、誰もが認める事実なのですよ」
「分かっています。少しの間でもいた私にもよく分かっています。でも、だからこそ愛おしいんです。どうしても、あそこに行ってやらなければならないことがあるんです」
「何を?」
R13の返事はない。
検事はR13の言い方に憤慨したのか、怒りを込めて言った。
「全てが愛おしいんです。今の時代からすると、あの時代の人がやっている全てが幼稚で自分勝手で、全く意味の通らないことばかりです。でも、そこが愛おしいんです。あのバカみたいな時代があったからこそ、今の時代があるんです」
R13はこう言った後、ちょっと首を傾げた。自分は意味のあることを言ったのだろうか、と。感情に任せて言ったのでは・・・と後悔した。だから、すぐに、
「すいません。つい、感情的になってしまいました」
と謝った。
R13は自分がどうすれはいいのか、少しずつ形作って行った。彼は自分が犯罪者という事実を忘れていた。大分と感傷的になっていたようだ、とR13は後悔した。
確かに、私の心はズタズタになっている。あの時からだ。R13は最初からあの時代に照準を置いて時間の旅に出たのではなかった。彼の周りから誰もいなくなって、久しぶりに寂しさが体の中にこみ上げてくるものがあったから、旅に出ようと思ったのであるのである。だが、R13の父から指示を受けたのである。
「私の・・・我が家系の汚点を修正して来てもらいたい」
内密の交誼であった。一時間ほど、久しぶりに話した。その後、
「それは・・・今の法に違反します」
「そうだ。だが、やらねばならないのだ」
さらに、一時間、話し合った。
時間の移動は許されているが、それには政府の許可が必要だった。
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