第2話

その普通列車は四日市駅で前二両を連結し五両になり、名古屋行きの準急に変わる。一季は富田駅で降りるのだが、四日市から三つ目の駅になる。彼女の通う四日市北商業高校は、富田駅の西口を降りると、すぐにある。

普通列車は三両で来るが、一季は二両目の真ん中のドアから乗ることにしている。そして、じっと前を見続ける。何時ごろかそう決めている。

「なぜ・・・」

一季には、その理由が分かっている。

座席がどんなに空いていても、一季は座らない。一季はドアにもたれ掛かりながら、何度も前のドアに目をやる。

前のドアには、同じ高校の生島五郎が、彼女と同じようにドアにもたれ掛かり立っていた。三年生で一季より一級上である。今の所、彼女との接点はない。どうやら部活にも入っていないようで、一季は生島五郎に話しかけるきっかけを見つけられないでいる。

五郎は進行方向に向かって後ろ向きで、ほとんど窓の外ばかり見ている。きれいな顔ではない。一季はそう感じ、思っている。

橘一季は、この名前を知らない少年と友達になりたいと思っていた。でも、そのきっかけとる場面がなかなか設定されなかった。

一季にとって幸いだったのは、一季が同じ高校の生徒だったということである。彼女が二年で、その少年は三年だった。彼女は少年が三年のB組であることも調べ、教室の前まで行き確認していた。


橘一季が生島五郎と知り合い、名前を知るのは・・・

(偶然だった)

と、一季は思っている。

三ヶ月前、六月の雨の日だった。

一季はいつもの電車のいつものドアから乗った。雨の日だから混んでいた。彼女は押し込まれるように少し奥に入ってしまった。彼女は押され方が余りには強かったので、不機嫌な顔になった。

一季は座席に座っている男子高校生の前に立った。夕子の目はすぐに彼の服に気付き、同じ学校の子だと興味を持った。

(こんな子、今まで乗っていたのかな?)

一季は気になり、何度も自分の前に座る少年を見た。


「ところで、R13。君はどうしてあの時代のあの時間を選んだのかね。私にはどうしても理解出来ないんだ。そうそう、それにもうひとつ・・・どうしてあそこだったんだ。余生を過ごすのに、他にもっといい場所があったんじゃないのかな」

検事はR13を軽蔑の目で睨んだ。

「あの時代の・・・あの時間は・・・」

 R13、生島五郎は続けて言葉を話そうとしたが、少し思い留まった。しかし、

 「いろいろ調べたわけではありません。どの時代でも良かったのです。ただ・・・」

 「ただ・・・何ですか?話して下さい。ここは、自分の気持ちを言いよどむ所ではありません。あなたの罪はもう決まっています。裁きは終わっているのです」

 検事はR13の心の奥を読み取ろうとして、鋭い目を向けた。

 R13は目を逸らさずに検事を見つめた。五郎はその時代を選んだ理由を話すべきか迷っているようだったが、口を開いた。

 「私の家には古い日記が残っているはずです。ええ、紙に書いたものです。今となっては、残っている方が可笑しい遺物ですが、代々私の家に伝えられて来たものです。その日記を手に入れたいのです」

R13は検事が軽蔑の目を向けているのに気付いたが、構わず彼は話し続けた。

「えぇ、私が行った時代の日記です。普通の日記です。その中に私の何代が前の少年の恋が書き綴られていました」

「ほほぅ」

検事は興味を示したのか、目を輝かせた。検事は言葉を続けた。

「だが、それならば、君・・・いや、あなたのやったことはもっと重い犯罪になる」

R13は一瞬反抗的な鋭い目を、後輩の若い検事に向けた。犯罪者の目ではなく、この検事の言った言葉に反抗を示したようだった。

(こいつは、何も分かっていない・・・)

ようだ。

         

橘一季はついに自分の気持ちを生島五郎に伝えることにした。ほんの少しの勇気を持てば、必ず自分の気持ちを伝えることが出来ると信じた。もちろん彼女の気持ちは、五郎に拒絶されるかも知れない。

「でも・・・」

と、彼女は思う。好きになってしまった心をこのまま持ち続けるなんて、彼女の性格上出来なかった。

「どうしたの、電車の時間に間に会わないわよ」

母の英子の声が飛んできた。

「うん、分かっているわよ。私にもいろいろ準備があるんだから」

「昨日の夜に準備して置かないからよ」

「もう、うるさいんだから」

「なんですって。何か言った。はっきり言いなさい」

「いい、何でもない」

一季は急いで家を飛び出した。今日は、弟とミヤーへの朝の行って来ます、の挨拶は省略することにした。

「よし」

一季は自分の気持ちを奮い立たせた。陸上部だから走るのは嫌いじゃないけど、鞄を持って、リュックを背負っていると、走るのは大変。今日は苛々して、どうも落ち着かなかった。でも、彼女は今日、どうしても告白する気でいた。

(理由は・・・)

大した理由はなかった。ただ、このままこの気持ちを持ち続けることは彼女自身許せなかった。

ミャーミャー

一季は足を止め、振り返った。

「ありがとう、頑張るよ、ミャー」

ミャーは振り向いた夕子を見ながら、何度も鳴いていた。

一季の強張っていたからだが、急に楽になった。こんなに緊張していたんだ、と彼女は思った。ミャーは私の気持ちを見抜いていたんだ、と、彼女はもう一度振り向いた。


「ところで、その日記はどこにあるんですか?」

若い検事はR13を睨んだ。元最高検察官の表情から、心の動きを読み取ろうとした。

「もう、ありません。」

「えっ、ない。ない・・・どうしたんですか?」

「ええ、ありません。処分しました」

「どうして・・・?」

「もう、必要なくなったからです」

「どういうことですか?」

「そんな古い時代の日記を持っていても、何のためにもならないからです」

「ふぅ、そうですか。本当ですか?嘘はいけません。あなた個人の歴史を振り返るのに、重大な証拠になるんですよ。この時代の検察を甘く見てもらっては困ります。そのことは、あなたもよくご存じのはずです。その情報は、私たちも持っていました。だから、私たちは一生懸命探しましたよ。ええ、そう一生懸命探したんですよ。そして、私たちはついに見つけたんです。これ、これですね」

と検事は積まれた書類の中から、古いぼろぼろの冊子を、R13にみせた。そう、自信たっぷりに、R13に自慢するように放り投げたのです。

R13、生島五郎は顔を強張らせた。一瞬のことだった。五郎は、すぐに平静を装った。

だが、若い検事はそれを見逃さなかった。

「これですね。あなたの家にあった古い日記というは・・・知っていましたよ、私たちは十分あなたを調べたのですから」

R13は返事をしなかった。

「まぁ、いいでしょ。私はじっくり読ませて頂きました。でも、そう・・・でも、少し聞きたいことがあるのですが・・・」

こう言うと、検事は古い日記を手に取り、ぱらぱらとめくり、R13に見せた。

「日記のいくつかのページが破られているのですが、どういうことですか?」

R13は目じりをぴくぴくと振るわせた。明らかに彼は動揺していた。しかし、彼の目は検事から逸れなかった。

「さぁ・・・さぁ」

R13は首を傾げた。

「さあ、どうでしょう。私の家の日記はそんなに古くはありません。ちゃんといい状態で保存されていました」

R13は足を組み、検事を睨み、その日記から目を逸らさなかった。

「多分、私の想像ですが、この日記があなたの家に伝わる日記だったとしてですが、破られたページに書かれていた内容が、あなたが行った時代に関係していると見た方がいいと思うのですが?」

R13は少し首を振った。

「まあ、いいでしょう。私の話を続けます。R13、あなたがその時代に行ったことは間違いがありません。われわれはその時代からあなたを連れ戻して来たのですから。その時、あなたは老人の格好をしていました。われわれはそう報告をうけています」

R13は頷いた。

「有難う。なぜですか?なぜ、自分の体を老人の細胞のままにしていたのですか?十五歳の若い細胞に変えなかったのですか?」

R13は目を瞑った。

(そんなことはない。私はその時まで十五歳の若々しい細胞を有してのだ)

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