時を超える愛

青 劉一郎 (あい ころいちろう)

第1話

「行って来るよ」

橘一季の高く張りのある声が家の中に響き渡る。一季と書くが、れっきとした十五歳の女の子である。

一季の消えはでかい。道を通る人が聞けば、女の子のくせに馬鹿でかい声を出す女の子だなあ・・・と言うかもしれないが、彼女からは戸惑いも恥ずかしいという表情も見て取れない。

そう、一樹の一日はこの馬鹿でかい一声から始まるといっていい。だけど、彼女はすぐに家を出ない。学校へ行く前の毎朝の日課として、次に必ずやらなければならないことがあるからである。

一季は耳を澄ました。父、忠の声が返って来るか、耳に神経を集中した。まだ完全に目が覚めていない。彼女はまだ少し眠いが、これはいつものこと。

父の体調がいいのなら、父の声ははっきりと聞こえるが、そうでないと時には辛うじて聞こえるだけなのだ。今日一日がいい日になるのか、悪いことが起こるのか決まると彼女にとっては、大切な瞬間だった。。

 「ああ、行っておいで」

 と、小さがはっきりと父の声が聞こえて来た。父の声がか細く弱弱しいのは病気なのだから仕方がない。今の彼女にはとにかく大好きな父の声を聞くだけで、心がいい気分になる。父の病気・・・今彼女の一番気になる心配ごとだった。入院していないから重い病気ではない、と彼女は思っている。 

だから、近い内にきっと元気になると彼女は思うようにしている。だから、一季はどんなに悲しいことや心配ごとがあっても、楽しいことを考え、気持ちを入れ替えるようにしている。一季は大きく息を吸い、ニコリとして、

 「よし」

 と、自分の気持ちを納得させるようにうなずいた。次は、

 「お母さん」

 「行ってらっしゃい」

 と、すぐに母英子が廊下に顔を出した。英子は、朝の一季の行動をよく知っていた。きっと一季の声に耳を傾けていたに違いない。

 「気をつけてね」

 「はぁぁい」

一季はまたニコリと微笑み、玄関から飛び出したが、一瞬暗い表情をした。だが、彼女は身体全体に力を入れた。そして、彼女は勢い良く家から走り出した。懸命に笑顔をつくろうと努力しているのが、彼女の表情から読み取れる。彼女が一瞬でも暗い顔になるのは、やはり父忠の病気が気になるからであった。気のせいか、

「今日の私は、少し元気がなかったかな?」

彼女が気にしたのは、ここまで。自分に出来ることは精一杯するけど、自分の力ではどうしょうもないことがあるのを、彼女は本能的に知っていた。

「あっ、そうだ」

彼女は足を踏ん張り、止まった。まだ忘れていることがあった。彼女は振り向き、

「たかし」

と家に向かって叫んだ。 

「お姉ちゃん、バイバイ」

と、弟のたかしが二階の窓から顔を出し、手を振っている。

一季も大きく手を振って、満足な笑みを浮かべ、今度こそ元気良く走り出した。

だけど、夕子はすぐに足を止めた。

「あっ、ミャー」

と、彼女は大きな声で叫んだ。すると、すぐに返事があった。

「ミャー、ミャー」

二回泣き声が聞こえた。

「何処にいるの、ミャー?」

夕子はきよろきよろと辺り見回し、ブロック塀の上でこっちを見ている猫を見つけた。

「ミャー、行ってくるね」

と言って、手を上げにこりと笑顔を見せた。

橘一季は近鉄名古屋線の北楠駅まで歩くことにしていた。四日市駅から四つ南よりの小さな駅である。

朝寝坊した時とかは、母の英子に駅まで車で送ってもらうことはあるが、出来るだけ駅まで歩くようにしている。父の忠は病気だったし、弟のたかしはまだ小学生だった。わがままを言ってはいけないとおもっていたし、彼女は一日の内で一番忙しい母の時間を奪わないように心掛けていた。

一季のいつも乗る電車は六時四十七分発の普通電車で、彼女が四日市北商業高校に入学して以来変わっていない。いつもの変わり映えのしない時間が、これまでずっと続いていたが、三が月前から彼女にとって大切な時間に変わりつつあった。彼女が乗るのは、前から二両目の車両で、進行方向に向かって、一番前のドァの所の立つことにしている。たとえ席が空いていても立つことにしていた。特に今の一季にはとっても重要なことだった。


「R13、君のやった罪は大きい。君はそれを認識しているのか」

R13は幾分感情を害したのか、検事をにらんだ。

(お前は、私を誰だと思っている、最高検察官だ)

検事は不適な笑みを浮かべ、

「何か言いたいことがあるのなら、いいなさい。元最高検察官殿。今のあなたには、生島五郎という名前は、もう存在しないのですよ」」

「ふっふ・・・」

R13こと、生島五郎は、検事を軽蔑する目で睨んだ。

「私は、確かにこの時代からすれば、おおきな罪を犯したかもしれない。しかし・・・」

「しかし・・・どうしたんだね。言いたまえ。遠慮することはない」

検事は被告R13を睨んだ。

 「しかし、私は少しも後悔をしていません。確かに、大罪であるかもしれない。どんな刑罰でも素直に受けよう」

R13は胸を張り、自信を持って答えた 。

「有難う、R13。君にそういわれて、私も自信を持って求刑出来るよ。ところで、君はどういう刑罰を望むかね」

「私は・・・私はどうしてくれと望むことが出来るのですか?」

「君が、いやあなたが望むならば、いかなることも。我々は古い時代の法律の執行者ではないのだから。われわれの時代は被告に対して過大ともいえるほど寛容であるべきを、第一とするんだから」

R13は、この若い検事の顔を驚きの目で見つめた。彼には法律の知識が、この若い健次より遥かにあった。自分がやったことは間違いなくこの時代の法に触れることは分かっていた。それでも彼は実行したのである。R13は検事の顔を覗き込むように睨み、その心の奥を読み取ろうとした。

その後、生島五郎の口元には笑みが浮かんだ。

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