第29話 奇襲を掛けるなら、黙ってやれよ
「な……アイツ、あんなに近づいて」
「……分身だからな」と板垣央がさらりと言った。
「え」
オレは驚いて、ゼータローは目を丸くしていた。こっちが分身って思ってた方が本人で、本人って思ってた方が分身だったらしい。
道理で分身にしては、なかなかキレのある動きって思ったわ。これがあるから、曾田司一郎はやりにくいんだろな。
しかも密着された状態だと、出流原アルの能力は死ぬ。
いま相手を回転させれば、自身も一緒に回ってしまうせいだ。そんな危険を犯すのならば、他の方法を使った方が良いだろうな。
そして自由になった曾田司一郎はっつうと、首を極めている分身を置いて相方の方に駆けていった。
あえて分身に片方を封じさせ、もう片方を二人掛かりか。仮に分身が振りほどかれても、片方さえ潰してしまえば勝利を掴んだも同然だよな。
遠藤稔二と対峙していた緑髪の男に、曾田司一郎が背後から蹴りを喰らわす。
膝を着いた隙を狙い、遠藤稔二は相手の首根っこを抱えた。
そのまま重力に預けるように、男は背中に体重を掛ける。
大きな硝子の破壊音と共に、緑髪の男は地面へと沈んだ。渡り廊下に歓声が響き、オレは思わず耳を塞いだ。
「しいちろぉぉ!」
いつの間にか分身の腕から抜けていたのか、曾田司一郎の背後には残りの一人が向かっていた。あほかアイツは。奇襲を掛けるなら、黙ってやれよ。
敢えて受けたのかもしれないな。曾田司一郎が出流原アルの能力で、天地が逆さまになる。
先ほどと同じく、両手を地面に着いて回避するも、待っているのは足払い。しかし今の曾田司一郎の近くには、遠藤稔二が居る。
「ノイズハート・インモーション!」
出流原アルの頭を両手で掴んだ遠藤稔二は、自分の能力である雑音を発動。
受けた奴に聞いた話だと、頭を掴まれた時に、音が脳に鳴り響くんだとさ。あまりにも凄い雑音だったのか、そのまま出流原アルは膝を着いた。
曾田司一郎と闘う際は、相手の腰より下に頭を持ってきたら負ける。
昔、教室のどっかで聞いた話が、また頭を過ぎった。なんでも目の前のイケメンの必殺技は、すごい屈辱的なものらしい。
曾田司一郎が地面を蹴って、靴のまま相手の頭の上に足を乗せた。出流原アルが倒れる光景が、オレの脳裏を掠めた。無意識のフェレットアウトは、急に来るから困ったもんだ。
そのまま体重を掛けたのだろう。曾田司一郎の足が乗った出流原アルの頭は、吸い込まれるように地面へと沈んだ。
大きな硝子の割れる音は、防護壁が破壊された証拠。
それを掻き消したのは、中庭に響く歓声だった。
まるで土下座をした相手に、後頭部を踏みつけにした光景だ。確かに、これは凄い屈辱的な技だな。
「しょぉぉしゃ! ソールダウト・ネンジーズ!」
大声で結果発表を叫んだ主催者様が、中庭に飛び入って勝者の二人の元へと駆け寄る。
差し出された獅子の紋章を手に取ると、曾田司一郎も遠藤稔二も誇らしげに高々と掲げた。
やはり、結果は保持者の勝利だったな。曾田司一郎もさながら、遠藤稔二も本当つええわ。
「んじゃ、行くか。ゼータロー」
気づけば大友悠も板垣央も中庭へと行ってたし、我々もこれ以上この場所に居る理由も無い。まだ三時前だし、今から遊びに行っても門限までには帰って来れる。
「ねぇ、ミシェル」
「なんだよ」
ゼータローが未だに目を見開いたまま中庭を見てるから、何か様子がおかしいって思った。フェレットアウトは発動しなかったのは、嫌な予感とは別な感覚だったからか。
「例えばさ……僕があの二人、倒せるかも。って言ったら……どうする?」
まさか、こんな意味不明なこと言い出すとはな。どうするって、なんだよ。なに絵空事抜かしてんだっての。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます