第13話 蓬田英二vs小林志舞偉


「いくぜ、主催者様ぁ!」


 分かり易く合図を出したシブイバシは、そのまま真っ直ぐに蓬田英二の方へと地を駆ける。奴の単刀直入な性格を考えれば、罠など掛けずに、真っ直ぐ仕掛けるだろうな。さて相手は、どう対応すんのかな。


 地面を蹴って振りかぶったシブイバシの拳は、正面から相手の防御を貫いた。すかさず脇腹へと大振りの蹴りが入り、蓬田英二が喰らった方向へと吹っ飛ぶ。


 まるで小学生と大人の闘いみたいに、圧倒的な差があるぞ。蓬田英二も基礎訓練を受けているから、蹴られてからの体勢維持も、隙無く立て直せるようだが。少し転がりながらも、なんとか二本足で立ち上がったみたいだ。


 しかし、そんな隙をな。見逃すわけが無えんだわ、我らが盟友シブイバシがよぉ。オレのダチ、ナメんなよ。


 蓬田英二の腹に蹴りが入ったから、これは大技来たわ大技。相手が屈んだ瞬間、シブイバシが地面を蹴ったのが目に入った。


 シブイ式カカト落とし。来た来た、シブイバシ特有の必殺技だわ。


 屈むか何かした時、相手の頭が自分の腹辺りまで下がった際、ソッコーで放つ技だわ。しかも普通のカカト落としと違ってな、跳んで放つ技だから威力は増し増し増しの増しなんだわ。


 これは能力戦試合時間最短を更新したか、なんて思ったのも束の間だ。地面へと倒れ込んだ蓬田英二からは、硝子の割れるような音がしなかった。


「……は⁉」


 オレは目の前の窓を開け、改めて蓬田英二へと目を向ける。防護壁は、耐えられない程の衝撃を受ければ、割れる。仮に耐えたとしても、ダメージの蓄積でヒビが入る。


「え、意味わかんねえんだが……」


 シブイバシ式カカト落としを喰らったってのに、蓬田英二を覆う防護壁にはなんと傷一つ入ってなかったんだが。


 例えば肉体を硬化する能力者が居るんだが、そいつの場合は覆っている防護壁まで硬化される。しかし蓬田英二には、そんな能力は無い。


 じゃあ何だ。シブイバシ式カカト落としの威力が、致命傷には至らなかったってのか。んなわけねえだろ、ヒト一人分の体重が乗ったカカトが脳天に入ってんだろがよ。


 のっそりと起き上がった蓬田英二は、シブイバシに向けて満面の笑みを贈りやがった。オレは自分が先ほど覚えた嫌な予感ってのが、大当たりなサヨナラ本塁打って確信した。


 再び駆け出したシブイバシは、今度はモロに蓬田英二の顔面に拳を入れた。両手で防御したらしいが、シブイバシの力の方が上だった。覆った手ごと、顔面へと重そうな拳が入ったぜ。


 ここでオレは、蓬田英二の防護壁に注目した。やっぱシブイバシだけあって、今の一撃で頭部の防護壁へとヒビを入れた。そんな筈だった。


 見間違いかって思って、オレは両目を擦った。今の一撃で入った筈のヒビが、綺麗さっぱり消えていた。


 何が起こっているのか分からず、オレは助けを乞うようにロックの方へと目を向けた。見ての通り頭の良さそうなロックが、頭が良さそうに眼鏡をクイっとした。


 んで、なんか言った。


「シブ君……エージ君の能力、覚えてますよね?」


「当たり前だろ、防護壁と……治癒。え、まさか……」


 ロックは神妙な顔で頷いた。恐らく、その。まさか、なのか。蓬田英二は割れる前に防護壁を張り直しているのか、あるいは防護壁に対して治癒能力を使っている。


 どちらにしても、これは悪質じゃねえのか。防護壁が割れないのであれば、いつまで経っても敗北はありえねえじゃねえか。


「というか……狂気の沙汰ですね」


「狂気……って?」


 ロックの一言に反応したのは、ずっと唖然としてたゼータローの方だった。


「防護壁って……ダメージは来ないんですが、痛みはそのままなんですよ」


 ああ、確かに。


 ああ、そうだ。


 馬鹿げてる。


 馬鹿より大友悠で、頭も大友悠みたいだ。


 防護壁はあらゆる衝撃は防げるが、痛みはそのままである。


 んで、意味が分かったんだろうな。ロックの台詞を聞いたゼータローは、青信号みたいな顔色になった。髪の一部が青いのにな。


 骨折並みの衝撃を受けても骨は折れないが、骨が折れる程の痛みは走る。つまり今の蓬田英二はシブイバシの攻撃の痛みに耐えながら、何度も何度も立ち上がってるっつう話になる。


 いくら力で勝てないからって言っても、これは頭のネジがブッ飛びすぎだ。


 まるで残機無限状態で、何度も同じ面をやり直しているのと同じだ。条件として伴う痛みを、屁でもない面してんだから、尚更おっかない。


 これは嫌な展開だわ。一方的に攻め続けているつもりなのに、相手に対して手ごたえってのが見えてこない。気にせずシブイバシは攻め続けているが、表情は苦痛そのものだった。


 攻撃している方がキツくなるなんて、誰が予想出来ただろうか。しかも、こんな状況だからだな。シブイバシの能力は、まるで使っても意味が無い。


 気にしようとしてないのが、こっちは気になって仕方ない。


「……ったれが!」


 もう限界だった。


 渡り廊下から西に向かったオレは、飛び降りるように階段を駆け抜ける。


 一階に降りた時、開いている適当な窓を見つけて飛び込む。


 中庭に出れば疲労困憊のシブイバシと、未だに笑顔の蓬田英二が対峙してた。


 そのままオレは蓬田英二に向け、抱きかかえるように体当たりをかました。


 蓬田英二、小林志舞偉、総合能力戦結果。第三者の介入による反則行為により、蓬田英二の勝利。

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