第2話 ②

 ――あの日から一年ぐらい経つ頃、私の家に珍しくセールスの人以外のお客が来た。


 その子はまだ小学生。私には見覚えの無い子。メガネをかけて随分真面目そうな子だ。


 ……と思ったが話してみると、見た目より明るい子でむしろ声が大きいのもあって騒がしいと言うべきか。


 その子の名前は光夜隣。透とは一つ上の友達らしいのだ。つまり後数ヶ月で中学一年生。まぁ、歳相応と言った感じだろう。


 その日の私は日々の勉強と土日限定の部活動に加え平日の連勤バイト等々で疲れていて気を遣わない相手が欲しかったのか、その子を家まで上げてしまった。透のために買いだめしていたお菓子を出したりしてりして少しだけ上機嫌だった。透の友達が家に来る事が葬式以来で嬉しくも会ったからだろう。


「リビングは広いから好きに使ってね。私は少し家の掃除をするから」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます!」


 部屋に入ってから突然ぎこちなくなったが丁寧にハキハキと返事をしてくれる。


 私は午前の部活後にスーパーで買った夜ご飯の材料を冷蔵庫に入れてから二階の掃除を開始する。


 二階はもうあの匂いがしない。その代わり両親の部屋に三人の遺影が置かれているなけなしの金で買った小さめの仏壇がある。だからこの部屋は重点的に掃除をする。掃除機だけで無く毎日換気して、天井や壁もぞうきんがけでしっかりと掃除をする。


 それが終われば次は妹や弟の部屋になる予定だった部屋を掃除する。この二人の部屋はまだ勉強机が無くて収納着きのベッドしかない。だから掃除も簡単に終わってしまう。


 そうこうしていると二階の掃除も終わり、一階のトイレ、洗面所、風呂を済ませて廊下のモップがけを始める。


「あの、もしかして掃除しているんですか?」


 リビングの扉が開き、心配そうに私を見る彼が現れた。


「えぇ。もしかしてうるさかった?」

「いえ、大丈夫です。


 あの、もし良かったら俺に手伝いをさせてくれませんか?」


「…………手伝いましょうか、じゃなくてさせてください?」


 そんな事を言われるとは思わず、私は返答に困り彼の行った言葉を繰り返してしまう。こんな事をお客様させるような事では無いだろうにそれを手伝うなんて変わった子だ。そもそもお客様がいる時に掃除をしている私が間違いだろうか? 


「どうして?」

「俺、なんかほっとけなくて。すみません。それにすっごく疲れてそうで」


 随分と大雑把だが彼のお人好しそうな雰囲気が伝わる彼らしい理由だ。それにしても私はそんな心配されるような顔をしているだろうか? 確かに忙しいがきっちり睡眠も六時間弱は取っている。テストもできるから頭も正常に動くし問題は無いはず。


「大丈夫よ。お気遣いは嬉しいけどお客様なんだからゆっくりしてて」

「誰かが困っている時、透は人を助けるんです」

「えっ?」

「俺はアイツに、一つ下にも関わらず俺を虐めるクラスメイト達に立ち向かったんです。アイツは困ってる人を見過ごせるようなヤツじゃ無い。

 だから俺もそうありたいんです。

 それが恩人で親友である透の家族なら尚更、困っている人を見過ごしたく無いんです」

「……! そうなのね。あの子にそんな事が」


 ハッキリ言って知らなかった。確かに、透がケガをして帰る事はよく合った。毎回遊んでケガをしたと言っていつも笑っていた。それに家でのあの子は正直まだまだ子供だと思っていた。何かあれば「姉さん」「姉さん」と言って私に甘えてきたあの子にそんな一面が合ったなんて。


「あなたは透の事をまだ覚えていたのね」

「勿論。アイツの事を俺は忘れたりしません」

「そう、なのね」


 葬式以来、まるで周りは失った家族と透を忘れるようになっていた気がする。その事を考えればこれはとても嬉しい事だろう。


 ただ、何故か少しだけそれが悔しくあった。


(あの子の事を誰よりも思っているのは私なのに。あの子が生きている事を知っているのは唯一私だけなのに)


 何故か今でも透を思っている彼に私と同じ、否、それ以上の思いを感じた。


 私の手は震える。怒りなのか悲しみなのか分からないくらい。彼に見えないように手の震えを抑える。


 こんなに動揺した私を彼に見せたくないから。


「ねぇ。もしも、透が生きているって言ったらあなたはどうする?」

 だから私はそんな彼にちょっかいをかけたくなった。

「えっ」


予想通り、困惑している。きっと「幻覚でも見ているのだろうか」とか思われているのでしょうね。勿論、透は生きている。しかしそれを知っているのは私だけ。


 しかし、透が死んだと思っている彼にはきっと希望的観測は無い。だから彼は私の想像するありきたりな返答をするはずだ!


「ねぇ。どうする?」


 さぁ、あなたの答えを聞かせて。透を親友だと名乗るあなたの答えを。


 しかし聞くまでも無い。やはり透を誰よりも思っているのは私なのだから。


「だったら俺は透のためにも、アイツが元気で居られるために協力します。俺は所詮アイツの友達だからできることも限られちゃうかも知れないけど、アイツのために何かしたいし、そのことでウジウジしてられない。

 俺はアイツのために友人として共に居たいです!」


 …………あぁ、あなたはそこまで、そこまでの思いがあるのね。透を失っても尚、そんな事を言えるなんて。かつて透すら失って悲しんだ私とは違う。こんな歳が下の子なのに、私よりも強い思いがあるなんて。


 私の涙腺は我慢できなかった。お客様の前で泣き崩れてしまうなんてみっともないのに。それほどにまで彼の一言は私の心に刺さった。


「あの、どうしました? 俺なんかしちゃいましたか?」

「うぅ……ウゥルサイ。ウルサいよ~~~~~~~~~!!」

「えぇ!? あのなんかごめんなさい。なんか雰囲気で俺ももらい泣きしそうです」


 彼もメガネを外して服の袖で涙を脱ぐ。いやいや、何でもらい泣きしているのよ。


「泣きたいのはこっちだよぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~!」

「うぅ、ぐぅ、ごぉ、ごめん、すみません!!」


 リビングのドアの前で小学六年生と高校生が大泣きをした。


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