第1話 ②

 その後、時間になるまで事務所のソファーで寝転んでお気に入りの曲を聴きながら呆けているとあっという間に七時前になった。暇で寝ていたせいで予定よりも長く寝過ごしてしまった。

 

 まぁ、ここから待ち合わせ場所まではそこまで距離がないから急ぐこともない。


 事務所の掃除をしてから消灯と戸締まりをして、最後に事務所の物品の位置がLINEで送られてきた写真通りか確認する。もっとも、事務所にそんな貴重なものは無くそういうものは社長の金庫に入っている。だから基本的に物の位置と数を確認するだけ。スマホを持った今日からはこれをLINEで報告する程度の仕事が増えただけだ。


 最初はある事情で利き手が使えない事があって時間がかかったが慣れれば物の数分で終わる。片手で十分とは正にこのことだ。


 事務所の後始末も終えたので事務所の鍵を閉めて、いよいよ光夜との待ち合わせ場所に向かう。


 待ち合わせ時間まであと五分。しかし、先ほども述べたが急ぐことはない。光夜と待ち合わせしている場所は事務所からそう遠くなく五分も経たず着くだろう。


 俺は音楽プレイヤーにヘッドホンの電線を再び繋げてから装着する。


 今付けているのは二年前程に社長にダダをこねて買わせた黒色のヘッドホン。高音質で高い音から低い音までしっかりと聞こえ、何よりホールが大きい。重いヘッドホンというのは外で聴くにはあまり向かないらしいが俺はこの重圧感が好きでもある。いつもの好きな曲もこいつで聴けば一際よく聞こえるものだ。


 十二月となれば流石に夜の田舎道も極寒だ。物陰も無い風通りの良い道のせいで北風がもろに当たる。


 こんな寒い日にも関わらず待ち合わせ場所の湖岸側の交差点ではバイクや車が通っている。人の営みはこんな寒い日も続いて大変な物だ。


 この街の駅周辺は住宅街やデパートなどがありそこそこ便利な街っぽく見えるが駅から少し離れれば地方独特の田舎感丸出しで、今いるような田舎道も車やバイクは通るものの歩行者は一人もいない静かな場所だ。寒い事を除けばこの場所は俺には中々心地良い。人混みと違いヘッドホンの音楽を邪魔しないからだ。


 待ち合わせの場所まであと数歩というところで交差点の奥の方に自転車の乗

っている人物が居た。


 165センチ程の背丈にメガネを付けた人物。学ランを着ていても顔の幼さが取れないその人物は間違い無く光夜みつやりんだ。


 姿が見える距離まで近づくと光夜も気づき大きく手を振る。


「おーい。久しぶ。トオル」

「よぉ。相変わらずそうで何よりだ」

「おうよ! トオルも取りあえず元気そうでなりよりだぜ」


 光夜はいつもの清々しいほど綺麗な笑顔を見せる。


 コイツは髪型も綺麗なショートヘアーで優等生みたいにお利口そうな見た目をしているけれど、性格は子供時から快晴と言っても良いほど明るい。今の俺とは正反対と言っても良いだろう。


「光夜、そういえば俺社長から携帯を貰ったんだ」


 そう言って先ほど入手したスマホを光夜の眼前に見せつける。


「おぉ!! 俺よりも先にスマホデビューか。羨ましいな~俺はまだiPadだけだよ」

「それで帰ってからで良いから、スマホの中に音楽を入れて欲しいんだ」

「分かった。音楽プレイヤーの中身と同じで良いの?」

「それとプラスで今度はファイ○ーエムブレムもいくつか頼む」

「あぁ、あのシミュレーションゲームね。了解。帰ってから大乱闘とかにありそうなの適当に入れておくね」

「あぁ、よろしく。帰り際に渡すよ」


 俺たちが会って最初にする会話はいつもコレだ。俺はそこまで詳しくないし自前の音楽王レイヤーを持っていないから光夜のお下がりを借りている。だから毎回直接あってわざわざ中の音楽も更新して貰っている。


「トオルも相変わらず、今でも音楽とヘッドホンは好きそうで何よりだ」

「こうしてると周りが気にならなくて良いんだ。お前も中学生になってもあんまり変わらなそうだな」

「まぁな。ただ中学生になっただけだからな」


 変わらないと言いつつ昔に比べれば身長も伸びているのは正直言うと羨ましい。俺は未だに小さいままだからな。俺が変わった事と言えば首かけているヘッドホンが青色から黒色になったくらいだろう。


「変わったと言えばトオルがヘッドホンが好きな理由も変わったよね。昔は、ただカッコいいからじゃ?」

「勿論、こう言った重圧感あるヘッドホンはカッコイイから好きだ。でも、元々ヘッドホンが好きなのは透だし俺はその影響を受けただけだからな。ヘッドホンを好きになった理由は俺と透とでは違うんだよ」


 そう、光夜の言うとおり昔から速水透はゲームBGMとヘッドホンが好きだった。そして俺も何故か存在していた透の生きてきた記憶によって俺も必然と好きになった。最初はそこに自分の意思があるのか分からなかった。しかし、俺もこの三年トオルとして生きていく中で速水透がどうしてヘッドホンが好きなのか、今生きている俺がどう思っているのかが少しずつ分かってきた気がした。


「そういえばお前、「昔は」とか言ってたけどまだ俺が速水透だと思ってるのか?」

「勿論、トオルが昔の透じゃないと言う分も分かる。でもまだ決まったわけじゃないんだろう?」


 そう、光夜の言うとおり俺の事に関してまだ明らかになっていないが俺自身はやはり速水透では無いのだと思う。


 速水透は三年前の事件で家族を失ってから右腕に言われた言葉。


『君は人間では無い』


 あの状況で誰よりもそれを痛感したのが俺だった。


 だって、人間の右腕が喋り出したり、自由に動いたりしない、取れたりしない。それができるのは人間では無いだろう。そして速水透は人間なのだ。人間では無い俺が速水透であるはずがない。


「お前も知ってるだろう。俺の右腕の事を」

「あぁ。トオルからこの前聞いたからな」

「だったら」

「それでもまだそうでないと決めつけるにはきっと早いと思う。もしかしたらトオルにそう言ったヤツが嘘をついてるかも知れない」


 光夜は未だに俺の事を速水透として見てくれる。その上で俺がトオルも受け入れてくれる。両者は本来成り立つはずが無いのに、コイツは分からない事を理由に俺に希望を抱かせようとしてくれる。


 だが、


「それ、前にも聞いたけど……まぁ、そうだとしてもこんな怪物が速水透であるはずないし、何より、もし、俺が速水透だとしたら速水透が親を殺した事になるんだぞ」


 そう、俺の右手が勝手に動いたとしてもそれは俺の手で行ったのと変わらないのだと思う。事実、俺が速水家の家族が死んだ事に関与している。直接的な死に関わらなくても、その死の招く引き金だって直接的な死と何ら変わらないと思う。


 それが速水透だったら尚更信じたくない。


 俺としてはどうか怪物が殺したという事であってほしい。


「そんな事ない。透が自分の親を殺したいなんて思ってるハズが無いんだ。俺の友達が悪意を持って人を殺すワケがない」


 そう、コイツは不思議な事に俺を友達と言う。かつての友人速水透を失うきっかけになったかも知れない俺をコイツは友達という。俺の右手に潜む凶器の事を少なかれ知っているにも関わらずコイツは俺を恐れなく友達だと言う。


 今の強引な自分理論といい、俺の恐れない事といい、光夜と言う人間はいい意味でも悪い意味でも常人では無いのかも知れない。


「全く、化けおれを友達にするなんて本当に変わったヤツだよ」

「おうよ。変わり者なんて珍しくて良いじゃ無いか!」


 褒めていないのに。というかむしろ小馬鹿にしているくらいなのに。天然なのか、ただの馬鹿なのか、それとも演技なのか。いや、少なくともコイツに限って三つ目のは無いだろう。


「まぁ、そんな話をしに来たんじゃ無いだろう。

 そろそろ何でこの日に呼び出したのか聞いて良いか?」

「そうだったな。まずは目的の場所まで移動したいから進みながら話そう」

「おう」

 

 俺と光夜はあんな気まずい話をした後でも何も無かったかのように足を進める。こんな話を真顔でできる相手はコイツくらいしか居ないだろう。速水透の友達にここまで迷惑をかけてしまうのも何だか申し訳ないな。


「あれ、お前何で東側に向かってるんだ? 学校にでも忘れ物か?」

「実はな、今日は久々にトオルの家に行こうと思うんだ」

「俺の家ってそりゃ事務所のことか? だったらもう過ぎてるんだが」

「違う違う言い間違えた。というか事務所って家だったの?」

「風がしのげてるし寝ることもできるから家みたいなものだろう」

「随分と条件が緩いものだ」


 確かに会社で寝るなんて丸一日居残り業務しているサラリーマンくらいしかありえないだろうが俺の場合は事務所以外で寝泊まりする場所はどこかの公園くらいしか無い。


「トオルの家と言っても速水家の方だよ」

「速水家って、はぁ!? お前マジで言ってるのか?」


 コイツの言う速水家とは速水透が三年前まで過ごしていた家だろう。確かに家族が亡くなっても住宅の形はそのまま残っている。だがあそこに人が住んでいるなんて。そもそも俺が言って良い場所じゃ。


「勿論。トオルの心配事も分かっている。お姉さんの事だろう」

「心配事ってそれだけじゃ無いが。てか、お前何で透の姉さんを知ってんの?」

「それは透の姉さんとあの家で会ったからでしょ」

「お前いつの間に会ってたのかよ」

「まぁな。ゆうさんはあの家で一人暮らしてて大変そうだから暇なときしか顔を出せないけど」

「え、……嘘だろ? あの家で、一人暮らし」


 俺の家族が死んでから三年。正確には両親と妹が殺されてから三年。あの現場に居なかった姉は生きている。しかしあの家にまだ姉がいる事なんて知らなかった。


 住宅はそのままなのは知っては居るがまさか独りで住んでいるなんて思いもしなかった。いくら俺にだって家を保つにはお金が沢山必要で、働いてもない学生がまかなえる金額では無い事くらい知っている。てっきり親戚の家に引っ越したかと思ったが……。


「てか、俺が知らない間にそんなに家に来てたのかよ」


 透の姉の事も気になったがやはりいつの間に会っていたコイツの事の方がよっぽど気になる。社長のAVではないけれど一人暮らしの女の家に男が入るなんて……。


「あぁ、二年前から何回か会ってるよ。

 それよりも話を戻るけど。ゆうさんはどうやら親戚から借金して家ローンと学費を払い、バイトで生活費を稼ぎながら生活しているって本人から聞いたよ」

「はぁ!? 借金!? 待て待て、学生てことは」

 

 確か、三年前は中学三年生だったはずだから高校三年生だよな。そこまでの

学費だけではなくて生活費も全部かよ!? そんなのバカにならない金額のは

ずだ。


「ビックリするよな。それに勇さんは賢いからきっと大学に行くだろうしきっ

とこれからもっと大変だろうな」

「オイオイ、大丈夫なのか?」

 というか「勇さん」って。何でさっきから下の名前で呼んでいるわけ?

「いやぁ、大丈夫ではないと思う。本人は元気そうに振る舞っているけど単純な計算でもバイトとかでまかなえる金額じゃないしな。生活費だってカツカツだろうし」

「そうだよなぁ……そんな苦しい状況だったなんて、まさか親戚から厄介払いされているとかか?」

「いや、それはないと思う。もし厄介払いされているならそもそも親戚からお金を借りるなんてできないだろうし。それに勇さんは「家族の大黒柱だから」て言ってたよ」

「だからって高校生がそんな大役背負わなくても」


 そうだ。家族を失って辛い思いをしているハズなのに、そんな責任を背負うなんていくらなんでも無茶過ぎる。だいたいそんな無茶してまで何であの家で生活をしているのだ?


「だからこそ、今回速水家に行くんだよ」

「いや、だからじゃないだろう。文脈的に意味分からねぇし」

「察してくれよ。今の勇さんを支えてやれるのは家族であるお前しか居ないんだ! それに勇さんはお前に会いたいはずだ!」

「そんなはず無いだろう。あの人はそもそも俺がいること何て知っているはずが……て、お前話の流れで俺の事を話したりしてないよな」


 当然、日常を過ごしているあの人に俺の話をするわけにはいかない。光夜で

さえも関わらない方がいい事なのに透の姉さんまで関わってはいつ危険な目に

遭うか分からない。


「いやいや、俺からは何も言って無いよ」

「つまり後で話したんだな」


 相変わらず誤魔化すのが下手なヤツだ。明らかに動揺している辺りがそれを物語っている。


「いやいや、本当に俺からは。何故か俺が話す前にトオルの事知ってたんだよ」

「やっぱり、話そうとはしてたじゃないかよ」

「あぁ、えっと。ごめんよ。ついつい空気的にな」

「で、何で知ってたんだよ」

「それが、どうやら話せないらしくて知らないんだ」

「肝心な事は知らないのかよ」

「けど、僕だって何となく予想は付いたよ。トオルは特に分かってると思うけどきっと口封じだよね」

「まぁ、そうだろうな」


 こんな件に関わるのは俺と右腕が探し求めているある人物に関わる者達だろうな。速水家の家族が死んだ話も世間的には空き巣がやった事になっている。多分透の姉さんは事実を隠蔽できるだけの集団に口封じされているに違いない。生きているから良い物、きっと口封じされる際に辛い目に遭わされているに違いない。


「取りあえず、その話もトオルが速水家に来ればきっと話してくれるかも知れ

ないし。行こう。さっきから話ばかりしていて全く進んでないし」


 そういえば話に夢中で足を動かすのを忘れていた。先ほどの交差点から百メ

ートルも進んでいない。


 だが、そういうことなら


「お断りだ。姉さんに会うわけにはいかない」


 俺には明白な理由があった。あの人をこれ以上危険な目に遭わせたくない。だかそんな事はコイツにだって分かるハズだ。


「やっぱり、勇さんを傷づけてしまわないか心配なのか?」

「そうだよ。俺だって右手が制御できるわけじゃない」


 そう、アレは俺に制御できるものではない。アレは




「安心するんだ。トオル」

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