第1話 ①

 2015年の冬。


 もしも、速水透が生きていたらクリスマスと誕生日が同じ月に来てラッキーと思っているような時期だろうか。それとも誕生日とクリスマスを一緒にされてアンラッキーだろうか。


 そんな考えても無駄な事を大きめのパーカーについたフードを深く被って、北風が強く吹く田舎道を三年前から姿が変わらないトオルが歩く。


 俺はバイト先の社長から仕事終わりに事務所に来るように言われていた。


 金湖市を歩き回ったにも関わらず仕事終わりに会社に寄れってブラック様々だ。俺がまともな社会人だったら労基とかに訴えてやりたい。まぁ、最もあの事務所が寝床でもあるから何とも言えないが。


 事務所は金湖市駅周辺の住宅街から離れた場所にある。数年前まで何かの跡地だったらしく隣に建物が無い。そんな所に新しく建てた事務所はコンビニに行くのにでさえ徒歩で十分以上かかり、湖岸道路が近いせいで深夜はバイクの音でうるさい。


 普通に考えれば最悪の立地だが、事務所の窓から見える琵琶湖の風景だけは良いと思う。

 それを見ながらヘッドホンを付けて音楽を聴くのも悪くない。ついでに聴いているのはゲーム内のBGMとかが主だ。と言っても俺の好みは速水透の受けよりだがな。

 

 事務所に着くと定時にも関わらず社長が残っていた。呼び出した本人が居るのは当然だが普段規則正しく定時までに帰る女(?)だからこそ珍しくもある。


 ただこう言った時は大抵大事な話だと相場が決まっている。


 と、なれば。


「珍しいじゃん。次の特別案件が来たのか?」

「お、察しが良いじゃないか」


 社長専用の椅子に座る人物がオレンジ色の髪をなびかせながら椅子と一緒にこちらを振り向く。


 ウチの女(?)社長、ふしきようの言葉を聞いて予想通りだと言わんばかりに笑みを浮かべる。


 俺の言った特別案件とはウチの事務所「何でも屋 中本」が受ける依頼で、俺達の目的としているある人物を探すために重要な案件でどの依頼よりも優先して受け入れている。


「社長、それで四十回目の内容は?」

「それもだが、その前にお前に渡す物がある」


 何だ? 四十回目の特別依頼より大切なモノがあるのか?


 社長が鞄からラッピングされた長方形の箱を取り出す。


「ハピバだ。トオル、今日はお前の誕生日なんだろう? ウチから献上しようではないか」


 年上だが必要以上に上から目線な口調で長方形の箱を差し出す。


「おぉ、何だそんな事か。あんがと」


 適当に返事して箱を受け取ろうとするが、社長が箱を引っ込めた。


「くれるんじゃないのか?」

「……お前はもっと礼儀正しくできないものか」


 こんな変なヤツに言われるのも腹が立つが、俺も礼儀とかが必要な生活から離れたせいでいきなりしろと言われても困る。


 三年前の事件から数ヶ月後に突然社長によってバイトとして雇われた経歴を持つ俺は色々あって学校とかの人の集まる場所に行くことも無かったのでコミュニケーションを取るのも困難になってしまった。特に初対面の人と話すのも難しく、敬語を使わなければ辛うじて話ができる程度。


「敬語は苦手だ」

「トオル、敬語って便利だぞ。他人と話すのにも礼儀知らずだと思われず、相手によっては機嫌を取れるし不機嫌を取ることができるからな」

「そうか、敬語ってそんな事にも使えるのか」

「そうだ。だから「ありがとうございます」「よろしくお願いします」「お疲れ様でした」は使えるようになっとけよ」

「わーた、次からは頑張るわ」


 社長が再び長方形の箱を差し出されたため今度はしっかり「ありがとうございます」と言って受け取る。


「開けて良いか?」

「あぁ、いいぞ。むしろ今すぐ開けた方が都合が良い」


 トオルは子供のように乱暴にラッピングを剥がす。


 中には見たこともない白いケースだった。だが、トオルにだってテレビや新聞でその姿を見たことがある。


「これってもしかしてスマホか?」

「そうだとも、しかもそれなりに最新の機種だ」

「うぉおお! マジか、知ってるぞ。動画も見る事が出来て音楽プレイヤーみたいに曲を聴くこともできるんだろう。すげぇーマジすげぇーよ」


 箱を開けてからスマホを取り出しその外観を360度見渡す


「全く、見た目通りガキのように喜びやがって、コッチも買った甲斐があるってものだ」

「うるせぇ、人間年齢だったらもうガキじゃねぇよ」


 俺の見た目は小学生みたいでよく子供だと勘違いされるが人間だったら中学一年生だ。少なくとも精神年齢はそれくらい言っているハズだろう。


「事務所の少ない財布から搾り取った金だからな。くれぐれも壊さないようにな~」

「勿論、そうするけど経費くらいケチるなよ。俺の給料1円も払ってないくせに」

「それを言われると面目ないな。ハハ」


 社長が別の仕事で見せる職業さながらの営業スマイルで謝るがどうせ内心では全く反省していないだろう。謝るくらいなら金を出せ。


「では早速、上司である私の連作先の交換だ。電話だけじゃない。最近流行のLINEもしっかりとな」


 社長が世代バレしそうなくらいキーホルダーが沢山着いているスマホを取り出す。あんなに着いていて何故ポケットに入ったのか不思議だ。


「最初が社長ってのも何だけど。それよりどうやってやるんだ?」

「今から私の電話番号を入力して電話してから登録するんだ。私の言うとおりにやってみろ」


 社長の手ほどきを受けて無事に電話先の交換を終える。


「良かったな。これで誰とでも連絡が交換できるようになったじゃないか」

「誰とでもって。人との距離を取る俺にそんな相手が居るとは全く思えない」

「「全く」て、ついさっき私と交換しただろう」

「あ、ついつい社長を頭数に入れるのを忘れてた。ごめん」

「も~う、そんな事言うと絞めちゃうぞ★」


 社長が二十七歳にも関わらず頬を膨らまして怒った様子を見せる。


「…………」


 この歳で数年前の萌えアニメみたいな事されても正直キツい。


「何だその「歳柄にもなく痛いことしてんじゃねぇよクソババァ」みたいな顔は。これはこれで結構需要あるんだぞ。特に二十七歳ってところが。知り居合いの監督もそう言ってたしな」

「そんなもん知るかよ。お前らの業界でのノリを俺に押しつけるな」


 社長のせいで俺が今後コッチ関係に飲み込まれるのはまっぴらごめんだ。ついでに社長の言う監督というのは社長が副業でしているAVの監督の事だ。


「俺にそっち方面の話をしないでくれ。マジで興味ない」

「全く。これだから生理もない精も来ないガキは」

「そんなもの来なくて良い」


 うちの社長はAVをするくらいのスタイルの良い女(?)何だが過剰に下ネタ関係の話をする癖がある。あと、先ほどから女のあとに(?)がくる理由は社長が所謂両性だからである。そこら辺を説明するのは嫌なので個人で調べて欲しい(誰にむかって解説してるのやら……)。


「まぁ、それはともかくトオルには連絡先を交換する相手がいるだろう。私の見立てでは少なくとも二人くらいは心辺りがあるぞ」

「その二人ってもしかして光夜と……あと誰だ?」


 光夜みつやりんは速水透の一つ上で小学生の時からの友達。三年前の事があってからも何かの縁があってか社長とは知り合いで、仕事関係でたまに顔を合わせたりする。


「……そうだな。まぁ、時期に分かるはずだ。時期に」

「何だよ自分から言っておいて。教えろよ」

「ダメだ。今は教えるわけにはいかない」


 社長は社長用の椅子にかけられたコートを羽織り鞄を持って早々に帰宅をしようとする。まるで話から逃げるように。


「それじゃ、トオル戸締まりは任せたよ」

「オイ、だから話せって。誰なんだよ」


 社長は風のように事務所から立ち去った。


「一体誰なんだよ。俺が連絡交換しないといけない人物って」


 確かに光夜とは仕事関係や音楽プレイヤーの曲の更新などであったりするから連絡の交換は必要だろうが残り一人って一体誰のこと何だ? 社長とは既に連絡交換しているはずだし。


 そう思いながらさっそくスマホの画面を見ると社長から連絡が来ていた。どうやら一枚の画像らしい。


「……」


 自分の出ているAVの表紙が送られてきた。タイトルに「踊るふ○なり警察官、麻薬犯ですら中毒にさせる甘美なソースとは!?」と書かれている。これは先月、制作陣から間違って事務所のポストに送られてきたヤツだから俺には分かる。


 そしてその画像を見ると社長から「これはLINEをする時の恒例挨拶だ。キミが欲しいなら、見せてもいいぞ?」と送られてくる。

 取りあえず返事をするのも馬鹿らしいので既読スルーすることにした。

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