第42話 お義母さんとデートですか?
加藤さんの鑑定結果に驚いてしまったが、その後はトラブルも無く平和な時間が続いていた。
マスターの喫茶店は午後から夕方までの時間になると、客層のほとんどを主婦やサラリーマンが占めている。よく見かける常連さんも居て、たまに雑談することもある。
やはり都内に住む主婦の方は、かなりお金持ちの淑女様が多いようです。そのため、何というか振る舞いに余裕が感じられ、僕にも優しくしてくれるのです。
そんな感じで淑女様の相手をしていたところ、加藤さんに声を掛けられた。
「見て見て中野くん、あの人って葉月ちゃんに似てない?」
言われた方を向いてみると、なんとお義母さんがいるじゃないですか!!
「あの人は葉月ちゃんのお母さんですよ」
「ええぇぇ! お姉さんじゃないの!?」
そうなのです。お姉さんじゃなくてお母さんなのでした。どう見てもお姉さんにしか見えないよね!
「ちょっと僕、挨拶してきますね」
加藤さんに頭を下げてちょっと抜けさせて貰います。
お義母さんは店内の隅っこにある二人席に一人で座っていました。僕がバイトしている時に見たことがないので、きっと初めての来店かもしれない。よし、精一杯におもてなしをしましょう。
他のお客様の目があるので手ぶらで行くわけにもいかず、新しいおしぼりを持って突撃だ!
「こちら良かったら新しいの使ってください」
さり気なく近づき、そっと渡しました。どうやら僕に気付いてくれたようです。
「あら~ありがとう。制服姿も似合ってるわよ~」
「ありがとうございます。お義母さんが来るのは初めて見ました」
「うふふ……実は葉月ちゃんがバイト始めた時に1回だけ来たことあるの。でも今日は息子が働いてるところを見に来ちゃった♪」
お義母さんから笑顔で嬉しい事を言われてしまった。僕が葉月ちゃんと付き合ってなかったら恋に落ちてたね! それくらいの破壊力でした。
「もうすぐ終わりますので、一緒に帰りましょうか。もしお買い物とかあれば荷物持ちにでも使って下さい」
「いいの~? じゃあお願いしちゃおうかな」
「20分くらいで終わります。外出たら連絡しますので、ゆっくりしてて下さい」
お義母さんに了承して貰ったのですぐに戻ります。あまり同じ場所に長居するとクレームになることもあるのでお客様との距離感は大事なのだ。
加藤さんに御礼を言って、残りの時間しっかりと働きました!
◇◇◇
更衣室で着替えをしてお義母さんにチャットアプリでメッセージを飛ばす。そしてお店の外で待っていると、外から見覚えのあるギャルが歩いてきた。あの色白美人なギャルは綾香さんだ!
「おっすー中野パイセン、あがりですか?」
「こんばんは綾香さん、お先にあがりました」
コートを着ているけど、あの赤いチェックの短いスカートは高校の制服だ。ニーハイソックスに短いスカートがすごく素敵です! 実は見た目だけなら綾香さんが好きです。見た目というか、僕の好みの服装でドキドキしてしまうのです……。
そんなことを考えていたら、お店からお義母さんが出てきました。
「じゃあ綾香さん、お先に失礼します」
「おっつー」
そしてお義母さんと綾香さんがすれ違う時、何やら二人で会話をしていたようですが聞こえませんでした。きっと葉月パイセンちゃん? とかそんな感じで声を掛けたんだろう。似てるからね!
「おまたせ~」
「全然待ってませんよ。行きましょうか」
そしてお義母さんは自然な手つきで僕の左腕に抱き着いてきた。葉月ちゃんと違う甘い匂いと柔らかい感触にドキドキしてしまったのです。こんなにくっつく必要あるのかな!?
「うふふ……息子とこうやってデートするのが夢だったのよ~」
「えっと、その……はい」
僕は何て答えて良いか分からず、曖昧な返事をするので精一杯だった。そして後ろから綾香さんの声が聞こえた気がしたが、お義母さんの温もりにドキドキしてしまい、振り返る事が出来なかったのである。
美しい夕焼けが世界を照らす中、お義母さんと腕を組んで歩く。きっと周りからはカップルに見られているだろう。誰も彼女のお母さんだなんて思いもしないはずだ。
「今日の夕飯は何が食べたい~?」
「えっと、お義母さんの作ってくれる料理はどれも美味しいので迷ってしまいます」
「あら~、嬉しい事言ってくれるわね~」
お義母さんが僕の方へしな垂れて来た。これ以上僕の心を乱さないで下さい!
「薫くんの占いによると葉酸を摂った方が良いって話だから、しばらく野菜中心のメニューが続くと思うの。大丈夫かしら?」
「もちろんです。僕、野菜好きなんですよ。大歓迎です」
「ふふ、良かった~」
一人暮らしをしていた時は、パックに入ったサラダを食べるのが精一杯だった。一人暮らしだと野菜を買っても使い切れなかったり、何より高かったりと厳しかったのだ。葉月ちゃんのためでもあるし、野菜は好きだから嬉しいな。
お義母さんとスーパーに寄って、野菜や果物、お肉などをたくさん買って行く。いつも僕が利用していたスーパーとは違う高級志向なお店だ。野菜とかはあまり値段が変わらないけど、お肉とかが高いです……。
お義母さんの話では葉月ちゃん改造計画を本格的に始めるらしく、朝食はフルーツを追加したり、葉月ちゃんにお手製のお弁当まで持参させるらしいです。
「今日は特売品がたくさん見つかってラッキーだわ。そういえば薫くんの占いの通りかも! ……うふふ、紫苑様の言う通りね~」
今日はお肉の半額セールを見つけたのである。元々高級なお肉が半額という事で、たくさん買っちゃいました!
「品揃えが豊富で見ていて楽しいですね。見たことの無い野菜とかあって驚きました」
「ここのスーパーは味が良いのよね。海外からも美味しいものを取り入れてるし、きっと仕入れしてる人が優秀なのね~」
ピーナッツのような形をしたカボチャや丸いズッキーニとか、どうやって調理するのか想像できません。
「そうだわ! 葉月ちゃんのお弁当と一緒に、薫くんのお弁当も作ってあげるわね。早速お弁当箱を買いましょう~」
「あ、ありがとうございます……」
お義母さんが鼻歌を歌いながらルンルン気分でお弁当箱を選んでいます。お弁当は助かるかもしれない、昼食代を気にしたら毎日かけ蕎麦になりそうだったのだ。
「薫くんは男の子だし、これが良いわね!」
お義母さんが手に取ったのは黒いお弁当箱、二段重ねになっていてご飯とおかずが別々に詰められるやつでボリューム満点です。
「男の子だしお肉をたくさん入れてあげるわね♪」
「お弁当のから揚げが大好きです……」
「うふふ……わかりました」
やばい、彼女のお義母さんなのにすごくドキドキする。僕には葉月ちゃんがいるのに、お義母さんの笑顔を見ると胸が高まるのだ。きっと葉月ちゃんと似ているからだよね。だからしょうがないのです。
レジでお会計をしてマイバッグに詰めて行きます。お義母さんのお支払いはカードでした。そういえば僕が毎月入れる金額とか全然話し合ってなかったな。葉月ちゃんと相談してからにしよう。
色々と買ってしまったけど僕一人で何とか持てる量でした。お義母さんが気を利かせて僕の勉強道具の入ったバッグを持ってくれました。軽いのであんまり負荷にならないと思うけど、両手で持つと腕を組んで歩けないので助かりました……。あれ、腕を組んで歩くのは良いのだろうか?
帰り道、駅のロータリーを彩るクリスマスイルミネーションが綺麗に輝いています。そんな中、腕を組んで歩く僕たちはカップルにしか見えないと思います。
ふと隣を歩くお義母さんの顔を覗けば、イルミネーションの光に照らされて艶やかに見えてしまいます。ドキドキするけど、これは彼女のお母さんだ。変な気を起こしちゃダメだ! 理性を保つのに全力です。
そんなアホな事を考えていたら、お義母さんが小さく呟いてきた。
「私ね、薫くんが葉月ちゃんの旦那さんになってくれてすごく嬉しいの」
「えっ」
チラっと横を見れば、真剣な表情のお義母さんの顔が見えた。いつもニコニコとしているお義母さんとは別の表情で、キリっとしていた。
「今でこそ葉月ちゃんは活発になって表情もコロコロ変わっているけど、昔は大人しすぎるくらい物静かな子だったのよ……」
「……」
お義母さんの真剣な口調に、僕はただ聞いている事しか出来なかった。
「本当は兄弟とか作ってあげたかったんだけど、私って子供が出来にくい体質らしくてね、葉月ちゃんには寂しい思いをさせてしまったの……」
「……」
占いの結果と同じだが、お義母さんの口から直接聞くと言葉の重みが違う……。僕は無意識に組んだ手を強く握り、大丈夫ですという気持ちを伝えた。
「でも葉月ちゃんがアルバイトを始めてからどんどん明るくなったの。家族で夕飯を食べた時も先輩が~って毎日言って笑ってたのよ……ふふ、面白かったわ」
「葉月ちゃん……」
確かにバイト先で初めて葉月ちゃんを見た時、物静かな印象を受けた。でもあの時の僕は、このクールな美少女が微笑む瞬間が最高に可愛くて、ついついからかってしまったのだった。
「私ね、心配なの。もし葉月ちゃんが私と同じような体質だったらどうしようかって……。女性にとって、すごく辛い事なのよ……。だから葉月ちゃんにはそんな体験してもらいたくない。そう思ってるの……」
「お義母さん……」
腕を組んだ僕の左腕を、お義母さんがギュッと抱きしめて来る。きっとお義母さんも不安なのだろう。
「だからね、薫くん。あんまりお金の事とか気にしないで、自然に任せてくれないかしら。私たちは二人の味方よ。助け合って生きて行くの。それにあんまり大きな声じゃ言えないけど、うちってお金あるからね」
お義母さんがいつもの笑顔で微笑んでくれた。僕は実感した。いや、実感し直した。僕の彼女とその家族は、なんて素敵な人たちなんだろうと。そんな人達と家族になれる僕は、なんて幸せなんだろうと。
このままじゃ僕だけが幸せになってしまう。それじゃダメだ。僕がこの人達を幸せにしてあげないといけない。そう強く思った。
だからだろうか、自然と言葉が出て来たのだ。
「安心して下さい。例えどんな事があっても僕は葉月ちゃんを愛しています。それに、僕には占いの神様が付いています。きっとみんなを幸せにして見せます!」
「ありがとう薫くん。私嬉しいわ」
お義母さんが僕の胸に頭を倒してきた。ちょっと戸惑ってしまったが、僕は優しく支えてあげた。このお義母さんが可愛すぎておかしくなってしまいそうだ。
葉月ちゃんの鑑定による自己紹介文を見た時、『見た目は小さいけど、健康体で健やかに育っています。』という表記があった。だからきっと大丈夫だと思う。でもお義母さんを安心させるためにも、僕は神様に祈ろう。どうか神様、葉月ちゃんが無事に子供を出産出来ますように……。ちょっと気が早いけどね!
そうして僕たちは、玄関ドアを開けるまで仲良く腕を組みながら帰ったのだった。
◇◇◇◇
「た、ただいま~」
「ただいま~」
玄関ドアを開けて帰宅の挨拶をするのがまだ慣れない。靴を見たところ、どうやら葉月ちゃんは帰って来ているようだ。
荷物をキッチンに運び、手洗いうがいをしてリビングに入ると、見るからに不機嫌なオーラを発する葉月ちゃんがソファーに座っていた。一体どうしたのだろうか。もしかして学校で嫌な事でもあったのかもしれない。よし、彼氏として僕が葉月ちゃんを慰めてあげよう!
「どうしたの葉月ちゃん、プリプリ怒ってて可愛いよ?」
「可愛くなんてありません! でも私は怒っています。何でか分かりますか?」
プリプリ怒ってる葉月ちゃんが可愛くて笑っちゃいそうになったけど、本人は至って真剣なので僕も真剣に答えようと思います。
「え、えっと、学校で友達と喧嘩しちゃったり……とか?」
「友達とは仲良くしてますので違います。本当に心当たりないんですか!?」
ど、どういう事だろうか? 葉月ちゃんの言い方からして、僕が原因のような気がする。一日を振り返ってみても朝からイチャイチャしてたし、それ以降は葉月ちゃんと会っていない。なんだろう? 僕は首をかしげる事しか出来なかった。でもどんどん葉月ちゃんの怒りのボルテージが上昇し、目がピクピクしてきてる。マズいぞ……。
「さっき綾香さんからこんなものが送られてきました。これを見てもとぼけるつもりですか!?」
「ああっ!!」
葉月ちゃんのスマホには、僕とお義母さんが腕を組んで仲良く歩く後ろ姿が映っていた。しかも手書きで『浮気なう!』という書き込みまでされている……。
「ち、違うんです葉月ちゃん、バイト先でたまたま一緒になってお買い物して帰って来ただけなんです!」
葉月ちゃんが僕の胸元に飛び込んできた。良かった、理解してくれたんだな! 葉月ちゃんの腰にそっと手を添え、安心させるように優しくポンポンしてみる。
「先輩からお母さんの匂いがします! まさかホテルに行ったんじゃないでしょうね!?」
「そそそ、そんなことする訳ないじゃないか!」
「もう怒りました。ちょっとこっち来てください! 徹底的に調べてやります!!」
僕は葉月ちゃんに手を引かれ、寝室に連れ込まれてしまった。ドアが閉まる時、お義母さんから『ごゆっくり~』という言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだと思いたい。
今夜も僕は、葉月ちゃんにリードされっぱなしで溶かされてしまいそうだ……。
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