第43話 美人秘書さんですか?


 東京から千葉へ向かう電車に乗りながら、最近の出来事を思い出す。車窓から見える景色がどんどんと移り変わっていくけれど、僕の生活も負けないくらいの速さで変わってしまった。


 数日前まではボロアパートで寂しく暮らしていたのに、今では高級タワーマンションで彼女やご両親と一緒に生活しているのである。最初は何をするにも緊張してしまったが、お義母さんが優しくしてくれるのですぐに慣れてしまった。


 お義父さんはたまに帰って来るが、出張で出かけている事の方が多かった。特に年末であるこの時期は、挨拶回りなどで遠出をする事が多いそうです。やはり大企業のトップにもなると色々な会社と繋がりがあるらしく、この時期は忘年会が立て続けに開催されるらしいです。来週は天王寺グループの取引先の忘年会に初めて呼ばれたって言って張り切っていました。


 お義父さんは僕が居候している現状を見ても、もう当たり前のことのように思っているらしく、家族同然な接し方をしてくれている。そればかりか、『4人で食べる夕食は良いな!』って笑いながら歓迎してくれた。『俺が居ない間、みんなの事を頼んだぞ』という暖かい言葉まで貰ってしまい、ちょっと涙が出た。みんな良い人達で幸せだ。


 そんな家族のためにも、僕は紫苑さんのアルバイトで稼がなくてはならないのです。お義母さんからはお金は大丈夫とか言われてしまったけど、甘える訳にはいきません。占いの神様の金運アップはまだ無いようですし、自力で稼ぎます。いや、自力で稼ぐのが普通なのだ。こんな事まで神様に頼っている訳にはいかないね。


 そして今日がアルバイト初日です。紫苑さんからまずは千葉の家まで来て欲しいと言われたため、電車で移動中です。金曜日は上手いこと午前中の講義2つで終わるため、13時には到着出来そうです。初日のバイトは何をやらされるのか心配だけど、紫苑さんなら大丈夫でしょう。きっと!


 ちなみに今日の僕の運勢は『新しい出会いがあるでしょう。本人しか知らない事を教えてあげましょう♪』でした。僕にどんな出会いが待っていて、どんなことを教えてあげれば良いのだろうか……?




   ◇




 最寄り駅からバスに乗ること15分、そこから歩いて10分のところに紫苑さんの豪邸がありました。最初は紫苑さんから迎えに行くと言われたが、さすがにバイトをする身としてはそこまで甘える訳にもいかず、丁重にお断りしました。


 外から屋敷を見てみるが、やっぱり大きい。閑静な住宅街にある豪邸です。周りを見ても高級住宅が並んでいる事からしても、治安の良いところなんだと思う。あまりウロウロしていても不審者に思われてしまうので、門にあるインターホンをポチっと押しました。


 インターホンから聞いたことの無い女性の声が聞こえて来てビビッてしまったが、とりあえず名乗っておいた。しばらくすると、奥の方からお手伝いさんが歩いて来ました。今日の僕はお客様じゃないので、メイド服でのお迎えはありません。


「おまたせしました中野様。どうぞこちらへご案内致します」


「よろしくおねがいします」


 僕はお手伝いさんに頭を下げて挨拶し、お屋敷に案内されていくのだった。





 いつもの豪華な客間に案内されたところで座っていると、恵子さんと呼ばれるお手伝いさんが珈琲を出してくれた。そういえば妊娠してたって聞いたけど、お仕事続けてて良いのだろうか?


 珈琲を頂きながら兄貴のことを考えてしまった。この広い屋敷のどこかに幽閉されているのだろうか? 先日、実家にいる親父と電話をした感じからして実家には帰ってないと思う。後で紫苑さんに聞いてみようかな。


 そんな事を考えながら待っていると、紫苑さんが来ました。やっぱり玲子さんのお母さんというだけあって美しいですね!


「こんにちは薫さん、わざわざごめんなさいね」


「こんにちは。えっと、よろしくおねがいします……」


 電話で紫苑さんと話すくらいだったら大丈夫だけど、面と向かって話すと緊張してしまう。玲子さんとは違った高貴なオーラをヒシヒシと感じます。


 お手伝いさんが珈琲のお代わりと、紫苑さんへ紅茶を入れて出て行ってしまいました。つまりこのお部屋には僕と紫苑さんの二人きりです。やばいドキドキする。


 そういえばお義母さんとお義父さんが紫苑さんと打ち合わせしたとか言ってたね。御礼を言っておこう。


「この前は色々とありがとうございました。葉月ちゃんのご両親も紫苑さんにお世話になりましたって御礼を言ってました」


「大した事はしてませんよ。そうだ、葉月ちゃんと婚約が決まったんでしょう? 良かったですね、おめでとう」


「あ、ありがとうございます。紫苑さんにお仕事を紹介して貰えたので踏ん切りがつきました」


「あなた達の場合、さっさと結婚した方が良いと思っただけよ。それにアルバイトの件は元々お願いする予定だったのよ。受けて貰えて助かるわ」


 まだアルバイトの内容を聞いていなかったけど、大丈夫なのだろうか。誰か殺して来いとか言われたらどうしよう……。


「うふふ……そんな難しい仕事じゃないから安心して頂戴ね。薫さんには面接のサポートをして貰いたいのよ」


「面接のサポートですか?」


 面接ってあれですか、『志望動機は何ですか?』って聞いたり、『それってうちの会社じゃなくても良いんじゃないの?』って意地悪するやつでしょ。兄貴から聞いたから良く知ってます。そのサポートをしろっていう事はヤジでも飛ばすのだろうか……。


「変な事を考えているようだけど違います。薫さんは別の面接官がやり取りをしている横で、被面接者をそので見て貰いたいのよ。それで視た内容を記録して欲しい訳です。ね、薫さんにしか出来ないでしょう?」


「なるほど……」


 圧迫面接の片棒を担がされる訳じゃなかったようだ。ふぅ、僕にはそんな恐ろしい事は出来そうにないから助かった。なるほど、この話がしたかったからこの部屋にお手伝いさんが誰も居ないのだろう。


 詳しい話を聞いてみると、天王寺グループのグループ会社に直接行って面接を行う事もあるらしく、遠出する可能性もあるようだ。交通費も出してくれるようだし問題ありませんね!


「まず薫さんは一日何人くらい見れそうですか?」


 レベルアップしてから実験してみたが、50人を超えると頭痛や眩暈がしてくる事が分かった。次のレベルアップがあるのか分からないが、僕の生活範囲で50人も占ったりする事がないので今のままでも十分である。とりあえず身内を除くと40人って言っておこうかな。


「えっと、今のところ50人が限界ですが、お手伝い出来るとしたら余裕を持って40人くらいです」


「……なるほど、分かりました」


 紫苑さんは一瞬驚いたような顔をしていたが、どういう事だろうか。もしかして玲子さんから5人って聞いてたのかもしれない。そういえばレベルアップした事は誰にも言ってないや……。まあいいか!


 その後もいくつか能力について質問されたけど、特に目新しいものは無かった。


「実際に来週からお願いしようと思ってますが、面接場所が色々と変わります。出来るだけ早く連絡するようにしますので、時間の調整をお願いね」


「……はい、全然問題ないです」


「あと実際に薫さんが働いて貰う時には、一緒に行動して貰うパートナーを考えているの。ほら、知らない会社に一人で行ったり心細いでしょう?」


「心細いです……」


 情けない話だけど、全く知らない会社に一人で行くとか辛いです。きっと途中で心が折れてしまうかもしれない。それに天下の天王寺グループですよ、グループ会社とは言え怖い人がうじゃうじゃ居そうです。


「イメージとしてはあなたの秘書であり先輩ですね。恵子さんと同じで信頼できる人を付けます。お仕事のパートナーですし、この人にだけは能力の事を伝えます」


「え、良いんでしょうか?」


「ええ、私が認める信頼できる人です。それに薫さんが鑑定した結果をまとめる役割もしてます。もし薫さんがどうしても秘密にしたいって言うのなら、薫さんが各グループ会社の各部署と調整して面接し、その結果をまとめて報告して貰えば良いのです。私はどっちでも良いのですよ?」


 紫苑さんがニヤニヤと笑みを浮かべて聞いてきた。ダメだヘタレな僕じゃどう頑張っても紫苑さんラスボスには勝てそうにありません……。まあ紫苑さんは信頼してるので良いのです。それに今日の運勢に出て来た新しい出会いって、きっとこの秘書さんの事だと思います。だから僕の答えは決まっている。


「僕にパートナーを付けて下さい、お願いします!!」


 僕は勢い良く頭を下げて懇願した。僕は紫苑さんラスボスの手下なのです。ボスの言う事はよく聞くようにお義父さんにも言われましたのでしっかりと働きます!!


「うふふ……薫さんならそう言ってくれると思ってたわ。でもそのパートナーさんは現実主義者だから、きっと鑑定の事を伝えても信じてくれないと思うのよね。だから薫さん、これからその人を連れて来るから、鑑定してあげて頂戴ね」


「わ、わかりました!」


 どうやらこれからパートナーさんと顔合わせがあるらしいです。この流れ、まさに占いの通りだぞ。つまり鑑定して本人しか知らない事を暴露すれば良いのですね。ふふ、簡単なお仕事じゃないか。楽勝だ!







 珈琲を頂きながら、まだ見ぬパートナーさんを思い浮かべていたら、紫苑さんと一緒に一人の女性が入ってきた。見た目は紫苑さんと同じくらいの身長で、ビシッとしたスーツに赤いフレームの眼鏡が似合う女性です。お胸も大きく、髪を後頭部でまとめているので凄くセクシーです。きっと美人教師とか美人秘書って言葉がすごく似合うと思います。


 僕は立ち上がりお辞儀をして挨拶をした。もう僕の目には美人秘書にしか見えません。


「初めまして中野薫です。よろしくお願いいたします」


「……」


 頭を上げて見てみるが、美人秘書さんは冷たい目線で見つめて来るだけです。きっと内心では『何だこのガキは、紫苑様は一体何をお考えなのでしょうか!?』とか思っているに違いありません。目がそう言っています。こんな美人秘書さんに冷たい目で見られると……ゾクゾクしちゃうね!!


「薫さんごめんなさいね。この子に軽く説明したんだけど、全然信じてくれなくて……。だからちょっと鑑定してみてくれるかしら?」


「わ、分かりました……」


 クールな美人秘書さんは、部屋に入ってからずっと無表情で僕に冷たい視線を送るだけで声すら聞いてません。こうなったら恥ずかしい内容を暴露してやりますか!!! 美人秘書さんの弱みを握るとか、すごく興奮する!!


 神様神様、この美人秘書さんに信頼してもらえるような情報を教えて下さい!!! 美人秘書さんを見つめ、神様に祈った。




港優香みなとゆうか

 天王寺家を支える陰の立役者である港家のご令嬢32歳の独身です。港恵子みなとけいこは実の妹です。

 身長175cmと女性にしては身長が高く目つきも鋭いため、相手に冷たい印象を与えてしまう可哀想な女の子です。

 でも本当は超乙女な一面もあり、理想の王子様を求めている処女です。

 人に言えない性癖として、身長の低いショタっ子をグチョグチョにしてしまいたいという願望がある。

 あと、天王寺楓の部屋にこっそりとエロ本【あべこべ世界に迷い込んだショタが、年上のお姉さんに甘やかされてドロドロに溶かされるまで(ラノベ)】を忍ばせた犯人です。

 しかし今ではそれを凄く後悔している。何故ならば、自分の理想とする男子を楓が連れてきてしまったからである。

 彼女はいま、どうやって楓から中野日向を寝取ってやろうかと、虎視眈々と狙っているのだった……。



※今日の運勢※

 今夜がチャンス! 中野日向は今晩一人ですよ~。

 あなたの行動によって将来が確定します♪

 

①天王寺楓に己の全てを嘘偽りなく打ち明ける → ヒナタちゃん共有ハッピーエンド【妾だっていいじゃない! 幸せだもの】

②天王寺楓に黙ってヒナタを襲う → バッドエンド【ゴリゴリマッチョと共に】

③何もしない → バッドエンド【ゴリゴリマッチョと共に】


 補足情報として、湊家のお母様は妹の妊娠を知り喜ぶと共に、姉の婚活に焦っています。明日になったらゴリゴリマッチョが紹介されるよ!



「……っ!?」


 この結果を見て、僕はどうしたら良いのだろうか……?


 『簡単なお仕事じゃないか。楽勝だ!』とか言っていた自分を怒りたい。紫苑さんのワクワクした目と美人秘書さんの鋭い目に挟まれながら、僕は一人作戦を考える……。

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