第29話 葉月ちゃんはヤンデレですか?


 カオスな飲み会の翌日である日曜日、僕は急遽千葉県に移動している。


 昨晩、葉月ちゃんの『土曜日はエッチの日』発言によって玲子さんのご両親に挨拶に行けなくなった。その代わりに、今日行くことになってしまったのでした。


 お昼過ぎまではバイトを頑張り、適当に賄いご飯を頂いてから電車で移動しています。正直なところ、行きたくなかった。だって暴走してる楓さんの説明なんて、僕には荷が重いです。玲子さんのお母様は会ったことないけど、あの二人の母親ってことはすごく厳しい人でしょ。何て言って説明すれば良いのだろうか。お宅の娘さんとうちの兄貴の性癖が一致したのでくっつけておきました! って言ったら殺されそうだ。


 もうありのままを伝えるしかないな……。


「……先輩、何か難しい事でも考えてるんですか?」


「玲子さんのお母さんに何て説明しようか考えてるんだよね……」


 今日は葉月ちゃんも一緒です。実は葉月ちゃんは午後からバイトのシフトが入っていたらしく、無理を言ってギャルBこと綾香さんに代わって貰ったそうです。そんなに玲子さん家に行きたかったのかな?


 玲子さんの実家の最寄り駅まで電車で行けば、車で迎えに来てくれるそうです。だいたいあと30分くらいで着きそうだ。休日だけど電車もそこまで混んでなかったので、二人で並んで座れました。


「先輩の占い情報が伝わっているので、そのまま伝えるしかないと思いますよ。……そういえば、先輩の今日の運勢はどうだったんですか? ヒントとかありそうですけど」


「今日の運勢がこんな感じだったからちょっと困ってるんだよね……」




【中野薫】


※今日の運勢※

 お世話になったお手伝いさんを調べると良い事があるかも♪




 今朝鑑定してみたところ、良く分からない結果になった。お世話になったお手伝いさんって誰だろう?


 運勢って言っても、必ずしも求めている解答がある訳じゃない。神様の気まぐれな部分が多い気がする。その日の一番良い結果を招くアドバイスの時もあれば、その日の最悪の結果を回避するアドバイスの時もある。何もない単なる呟きのような結果の時もある。


 こればっかりは『神様の言うとおり』なのである。今までの経験から言うと、今回の結果はあんまり重要じゃない、ありふれた呟きのような気がする。


 とりあえず今朝メモった内容を葉月ちゃんに見せてみよう。もしかしたら名探偵葉月ちゃんによる名推理が期待出来るかもしれない!


「……お手伝いさんを調べて先輩にどんな良い事があるんですか?」


「良い事なんて無さそうだよね」


 やっぱり名探偵葉月ちゃんでも解けない難事件か……。


 うーむ、と悩んでいたら、隣に座っている葉月ちゃんが僕の耳元に口を寄せ、甘い声で囁いた。


「これってもしかして、先輩がメイドさんにエッチな検査をするって事でしょうか?」


「エッッッッ!」

 

 最近の葉月ちゃんは頭の中がピンク色に染まってしまったようです。『お手伝いさん』を『メイドさん』に、『調べる』を『エッチな検査』に脳内変換してます。


 もし葉月ちゃんのご両親に会ったら、お宅のお嬢さんちょっと頭大丈夫ですか? ってビシッと言ってあげよう。まあ葉月ちゃんのご両親に会う事なんてないけどね。


「さすがにそんな展開は無いよ。そもそも玲子さんのお家のお手伝いさんは普通のエプロン姿で、メイド服なんて着てなかったよ。もしそんな展開になったら、僕が出来る事で何か一つ願いを叶えてあげるよ」


「ふふ……そんな事言っちゃって良いんですね? じゃあもしそんな展開になったら、夕食を一緒に食べましょう」


「……別に夕食食べるくらいならいつでも良いけど、そんなので良いの? 何かプレゼントが欲しいとかあると嬉しいけど」


「良いんですこれで。じゃあ約束ですからね?」


 まあ葉月ちゃんが言うような展開にはならないだろうし、僕は気にせずに首を縦に振るのだった。


 あわよくば、クリスマスプレゼントの手掛かりになりそうな情報が得られるかもって思ったけど、そう上手くはいきませんでした。頼んだぞ未来の僕、何とかクリスマスプレゼントを用意してくれ!


「そういえば先輩、今日の私の運勢はどうだったんですか?」


「あ、やってなかった。すぐ見てみるね」


 チラっと横を向き、葉月ちゃんの可愛いお顔を視界に入れて鑑定のお時間です。うーむ、可愛いですね~。このままキスしちゃいたくなってきました。でも残念です、こんな人の多い電車の中でキスは出来ません。


 よし、真面目にやろう。葉月ちゃんの今日の運勢を教えて下さい神様~!




黒川葉月くろかわはづき

 ヤンデレ度25%(±0)



※今日の運勢※

 恋人と手を繋ぐと気持ちが繋がるよ!




 うん、平和的で良いと思います。というか電車に乗る前からずっと手を繋いでいますけど、気持ちが繋がっていたんだね!


 こっそりと伝えるために、葉月ちゃんの耳元に口を寄せ、優しくふぅっと息を吹きかけた。


「ひゃんっ」


 間違ってしまった。葉月ちゃんの可愛いお耳が目の前にあってイタズラしてしまいました。


 葉月ちゃんのジト目が可愛いです。でも周囲の乗客からの視線が痛いです。葉月ちゃんが可愛かったのでやりすぎてしまいました。


 急いでバッグからメモ帳とボールペンを取り出して、ササっと書いて葉月ちゃんへ渡そう。


「ごめんね葉月ちゃん。これが結果です……」


 まだジト目が続いています。でも読んでくれたのか、手を強く握りしめてくれました。ちょっと力が強い気がするけど、錯覚だよね?


 繋いだ手から葉月ちゃんの気持ちが伝わってくる気がする。うんうん、この気持ちは先輩好きです愛してますって感情だな。


「……先輩、何ですかこのヤンデレ度25%って?」


 あれぇ? 全然違う感情だった。焦ってしまい、書かなくて良い事まで書いてしまったようだ。


 よく考えたら葉月ちゃんにヤンデレ度を伝えた事がなかった。そもそも個人情報が分かることを伝えてない気がしてきた。


「あ、それ玲子さんの鑑定結果だから気にしないでいいよ?」


 バレないように真面目な顔で回答しておきました。ふぅ、危ない危ない。葉月ちゃんの四分の一はヤンデレで出来ている事は内緒です。とりあえずヤンデ玲子さんに任せておこう。


「あとで玲子お姉さまに確認しますからね……」


 僕はもうダメかもしれない。僕に出来ることは、繋いだ手を介して好きって気持ちを伝えることだけだ。


 そうして僕は、目的地の駅に着くまでずっと手をニギニギして気持ちを伝えました。届け! 僕の思い!!




   ◇




 僕の必死のニギニギも虚しく、葉月ちゃんはずっとジト目を向けてきます。


「いつもの笑顔の葉月ちゃんも可愛いけど、ジト目の葉月ちゃんも可愛いね」


「……そんな事言ったって無駄です。知ってますか? 先輩が誤魔化してる時って目が泳いでるんですよ。さっきもすごく目が泳いでいました」


 あれ、前も誰かに似たようなことを指摘されたような気がする。僕のポーカーフェイスを見破るなんて、さすが名探偵葉月ちゃん!


 これはピンチだ。でも僕が出来る事は何もなく、ひたすら手をニギニギして誤魔化すのが精一杯でした。でもニギニギじゃ伝わりそうにないから言葉で伝えよう。


「は、葉月ちゃん大好きです」


「……はい、私も大好きですよ?」


「……」


 ダメだ、もう葉月ちゃんを誤魔化せない。きっと玲子さんが来たらバレてしまうのだろう。付き合う前の葉月ちゃんだったら、『大好きです』なんて伝えたら顔を真っ赤にしてアタフタしてたのに、最近の葉月ちゃんは耐性が出来てしまった。


 さっきから手をニギニギしてるけど効果が期待出来ない……。


 打つ手なしで困っていたら、救世主がやってきた! あの黒塗りの高級な車は天王寺家のお手伝いさんだ!!


 ふふ、葉月ちゃん残念でした。これで時間が稼げます。この稼いだ時間で挽回作戦を考えよう。


「おまたせしましたわ。二人とも遠いところ、ごめんなさいね?」


「……」


「こんにちは玲子お姉さま!」


 僕の予想を裏切って、高級車から玲子さんが降りて来た。こんな小市民な僕をお嬢様である玲子さんが迎えに来なくて良いのに……。これから僕は、高級車という密室の中で、葉月ちゃんとヤンデ玲子さんの二人から尋問を受けないといけないのか……。


「薫さんどうしたんですの? 目が泳いでますわよ」


「先輩は放っておいて下さい」


「あらそうですの? じゃあ早速ですが、行きましょう」


 僕は何も出来ず、ただただ葉月ちゃんに手を引かれて連行されていくのでした。僕にはこの黒塗りの高級車が、刑務所の取調室のように見えた。僕の希望を駅に置き去りにして、車は走り出してしまった……。


「玲子お姉さま、先輩がヤンデレ度25%って言っていましたが、これって何ですか?」


「な、何ですのそれは!? 薫さんどういう事かしら?」


 助手席に座る玲子さんが後ろを振り返り、斜め後ろにいる僕を鋭く睨み付けます。ど、どうしよう、……そうだ、とりあえず玲子さんを占って話題を逸らそう!


「な、なんだろね? それよりも今日の運勢を見て見ない?」


「……先輩、目がキョロキョロして大変な事になってますよ?」


「ええ、後でお願いしますわ。……あぁ、やっと分かりましたわ。薫さん、やっぱり葉月ちゃんもヤンデレでしたのね! 葉月ちゃんはヤンデレな訳が無いとか言っておいて、私より高いじゃないの! 滑稽ですわ!!」


 玲子さんが悪役令嬢のように高笑いしています。くそー、葉月ちゃんには知られたくなかったのに。どうしたら良いんだ……。


 アタフタしてキョロキョロと視線を泳がしていたら、左手から葉月ちゃんのニギニギが伝わって来た。


 僕なら分かる。恋人である僕なら葉月ちゃんのニギニギから伝わる気持ちを汲み取る事が出来る!! なになに、せ、ん、ぱ、い、あ、い、し、て、い、ま、す、……読めた!

 

「ぼ、僕も愛しているよ葉月ちゃん!」


「……先輩、何を言っているんですか? 先輩の占いって今日の運勢が分かるだけじゃ無かったんですか?」


 もう僕は諦めた。ありのままを伝えるしかない。べ、別に隠してた訳じゃないんだからねっ!


 でもスキルは言わなくていいよね。効果も分からないし、混乱させちゃうだけだもんね。


 そうして僕は、葉月ちゃんにスキル以外の全てを話しました。そしてメモ帳に書いて、葉月ちゃんに渡します。

 




黒川葉月くろかわはづき

 身長150cmくらいのぴちぴちな女子高生(3年)

 流れるような美しい黒髪は腰まで届き、小柄ながらお胸はおっきく、肌はまさに処女雪のように白い。つまり処女です。

 見た目は幼く見えるけど、立派な女子高生です! あと処女です。

 中野薫とは恋人同士です。


 ヤンデレ度25%(±0)


※今日の運勢※

 恋人と手を繋ぐと気持ちが繋がるよ!




「ふふ……先輩、私が処女で安心しましたか?」


「え? あ、うん。う、嬉しいです」


 葉月ちゃんが僕の左腕に抱きつき、僕の耳元で囁いて来ます。葉月ちゃんの甘い匂いと耳に直接響く優しい声に、脳が震える。


「でもこの処女も、土曜日までですね。先輩の童貞と交換ですからね。楽しみに待っていて下さいね♡」


「……う、うん」


 僕は何て答えたら良いのだろうか。ただただ葉月ちゃんの言葉が僕の脳を犯し、侵食していく。本当にもう、僕は葉月ちゃんにやられてしまったのだと思う。


「あと、私はヤンデレなのかもしれませんが、勘違いしないで下さいね。俗に言う世間一般のヤンデレさんと違って先輩を拘束しようとか他のメスを傷つけようとかそんな事は絶対にしません。ただ……」


「……ただ?」




 葉月ちゃんの目が怪しく光ったように見えた……。




「先輩が好きすぎて、食べちゃいたいと思う事はありますけどね……」


「……僕は葉月ちゃんだけを愛してます」


 これ以上葉月ちゃんのヤンデレ度を上げるのは危険な気がしてきたぞ! でもどうやったらヤンデレ度を下げられるのだろうか?


 玲子さんの場合、自分がヤンデレじゃないと否定する事によってヤンデレ度が下がった。でも葉月ちゃんは自分がヤンデレだと認識してしまっている。


 僕に出来る事はただ一つ、この小さな彼女を不安にさせるような事はせず、葉月ちゃんだけを愛そう。


 別に葉月ちゃんが怖い訳でもない。優しい女の子だ。こんな僕にも優しくしてくれる、可愛い女の子だ。今まで通り、普通に接しようと思う。


 葉月ちゃんの顔にそっと手を添えて、軽くキスをした。


「……はぁ、あなた達。人の家の車で勝手に良いムードにならないで下さらない?」

 

 玲子さんの声が聞こえたが、今の僕には答える余裕がありません。


 目線だけで玲子さんに返事をしようと横を向けば、バックミラーを通してチラりと見えた運転手のお姉さんの顔は、少し赤くなっているように見えた……。


 今の僕は口内を葉月ちゃんによって侵略されてしまい、防戦一方で戦況は不利。まったく勝ち目がないのでした。





   ◇◇




 気が付けば玲子さんの豪邸に到着していました。やっぱり高級車は揺れないし、快適だよね!


 前回よりもお庭がキレイになっている気がします。植えられた植物とかも、剪定されて生え揃っています。大きな池から聞こえる水の流れる音が心地良い。


「すごいお庭ですね、素敵です~」


「今日は前回と違い、来客仕様ですの。前回は突然すぎて用意が出来ませんでしたのよ」


 さすが玲子お嬢様です。さっきまでの悪役令嬢ムーブは終わり、高貴なオーラを纏っています。


 玄関を進み、フカフカのスリッパを履いて豪華な客間に案内されました。前回と同じ部屋だけど、生け花が飾ってあったりして豪華です。


 とりあえず葉月ちゃんと並んで座ります。


「……先輩、すごいお家ですね」


「うん、前回よりもキレイでビックリした。僕たちの洋服じゃ場違いな気がしてきたよ」


 いつもと同じような恰好で来てしまいました。このお家に来るならスーツとかドレスじゃないと合わない気がしてきた。


「見てください先輩、メイドさんがいっぱいですよ!」


「あれ、前回と服装が違う……」


 前回と違ってお手伝いさんの服装が違います。前回は私服に近いような落ち着いた服装だったのに、今日はクラシックなメイド服です。黒いロングワンピースに白いエプロンの全然エッチじゃないやつ。可愛いけど。


 玲子さんの言葉から察するに、今回は来客仕様で服装も違うのか……。


「ふふ……賭けは私の勝ちかもしれませんね」


「ま、まだ分からないよ?」


 賭けで葉月ちゃんが勝つ場合、これから僕はメイドさんにエッチな検査を行う必要がある。常識的に考えてエッチな検査なんてやる訳ないよね。ないよね?


 一人でドキドキしていたら、奥の扉から玲子さんと、玲子さんによく似た美女が歩いて来た。


 ラスボスとの接敵である……。

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